眠りの園/懸け橋



1.

あれから数カ月、私は未だにあなたの死を受け入れることができない。
最後に見たあなたの頬は蒼ざめ、私を包み込んでくれた暖かい手もすっかり冷たくなっていた。魂が飛び去ってはいかなる蘇生も受け付けない。本当に、後少しで里に辿り着けたはずだった。あの朝、やけに里の外の魔物たちが騒がしかった。どうして私は気付かなかったの。
何故あなたを埋葬した時に死んでしまえなかった?何故おめおめと生きている?もう生きている甲斐なんてないのに。もう二度とあなたの笑顔に出会うことはないのに。
それでも命がある限りはあなたの元へ通う。あんな寂しいところでただ一人眠るあなたの元へ。里から持って来た草花の種を蒔いて、少しでもあなたの眠りを安らかに彩ってあげるために。
エルトリオ…今日も来たわ。だんだんここへ通うのも辛くなってきたけれど生きている限り毎日来るから。一日が過ぎる度、あなたの元へ行ける日が近付くのを楽しみにしているわ。
そう墓に向かって思いを馳せた後、今日も花の種を蒔こうと立ち上がったその時、身体に異変を感じた。体内で何かが動く不思議な感触。これはもしかして、胎動?私とエルトリオの子供なの?あれからずっと体調が悪くてそれとは気付かなかったけれど、私、身籠っていたの?
もう一度それははっきりと動く。自らの存在を示すかのように。
ああ、エルトリオ、私とあなたの子供が今お腹の中にいるのよ!あなたが生きて私を愛してくれた証が私の中に育っている。
もう少しだけ待っていて。何としても無事に産んでみせるから。私たちの愛の結晶を。



2.

この子を産むことができてよかった。あなたにそっくりよ。凛とした眉も、口元も何もかもあなたに生き写し。ほら、この指なんてこんなに小さいのにちゃんと爪がついていて可愛いの。爪の形まで似ているなんて、不思議。私が指を出すととても強い力で握り返すのよ。
この命が尽きてしまう前にもう一度あなたに逢うことができて、本当に良かった。もうこの世で逢うことは叶わないと思っていたのに、こんな形であなたに再会できるとは思ってもみなかったわ。
でもこの子が育っていく様子を見ることができないのはとても悲しい。長い身籠りで私の力は全てこの子にあげてしまった。ごめんなさい、こんな母で。
最後の力を振り絞って子供を抱き寄せる。目が開いてやや茶味を帯びた黒い瞳が覗いた。強く強く抱き締めると子供はちょっと顔を顰めた。父親そっくりな表情で。
あなたはあなたの思う人生を生きて。私たちの分まで自分の愛を全うして。
私たちはいつもあなたを見守っているから…かわい…い…エ…イ…ト…






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