眠りの園/めぐり会う時の中で



僕たちは二人で竜神族の里を訪れている。ここにはどうしても二人で来たかった。
グルーノさ…じゃなかった、僕の祖父が嬉しそうに迎えてくれ、早速例の紙芝居を上演してくれた。最後の一枚だけは阻止したけどね。でもミーティアは初めて聞いた僕の両親の話に感動していたみたいだった。ああいうのって女の子は好きなんだろうか?僕にはよく分からない。何というか、自分の親の話だと思うと気恥ずかしくて、本当はやめて欲しい。
「ところでこの後はどこに行くつもりじゃ?」
最後の一枚で自分の正体を明かせなかった祖父がちょっと不満気な顔で聞いてきた。
「うん、父さんと母さんのところへ。僕たちの結婚を報告しに」
本当は真っ先に知らせたかった人たちに。
「そうじゃの…あれも喜ぶだろう」
祖父はちょっと悲しそうな顔をしたけど、すぐに嬉しそうに続けた。
「今夜は泊まっておゆき。特製のチーズ料理を振る舞うからの」


里を出てすぐの場所に両親は眠っている。荒涼とした景色の中、その周りだけは草花が育ち、魔物を寄せ付けない。
「不思議な場所ね…周りは何もないのにここだけ花が咲いているなんて」
そう、この小さな一角だけ草地で、ヤンガスがいくら魔物を呼んでも何も現れない。旅している中、とても不思議に思っていた場所だった。
下界から持ってきた花を供え、墓前に座った。
「父さん、母さん、長い間会いに来ることができなくてごめんなさい。今日は結婚の報告に来たんだ。この人が僕の妻だよ。半人半竜の僕でもいいって言ってくれた変わった人」
「はじめまして、お義父様、お義母様。ミーティアと申します」
二人でそう両親に話し掛ける。
「父さん…本当は父上って言わなきゃいけないんだろうけど、ずっと心の中で父さんって呼んでいたからそう呼ぶね。いきなり『父さん』なんて呼ばれてびっくりした?僕も父さんに会いたかった。
母さん、僕を産んでくれてどうもありがとう。
僕はあれから…」
なるべく淡々と今までのことを話した。トロデーンのこと、仲間のこと、旅のこと、そしてミーティアのことを。
「…形見の指輪は結婚指輪にしたんだ。一番大切な人に一番大切なものを持っていて欲しかったから」
そう言った後、言葉が続かなくなった。いろんな思いが込み上げてきて。
父さん…どんな人だったの?どんな思いで母さんを追って来たの?僕の存在を知らずに逝ってしまったなんてちょっと淋しい、かな。
母さん…命と引き替えだったなんて、ごめんなさい。僕がいなければもっと長く生きていられたのかな。母さんは僕を抱いてくれたことあった?母さんのこと、覚えていたかった…
今はもう答えは得られないと分かっているのにそんなことを考えてしまって、つい目の奥が熱くなってしまった。傍らのミーティアが膝に置かれた僕の手をそっと包み込んでくれる。
「お義父様、お義母様、エイトをこの世に送りだしていただいたこと、心から感謝いたします。エイトが何者であろうと私の大切な人であることには変わりありません。エイトとめぐり会うことができて、私はとても幸せです」
ミーティアはハンカチを渡してくれた後、そう僕の両親に語りかけてくれている。僕は顔を背け、鼻をかむふりをしながらこっそり涙を拭った。両親が恋しい訳じゃない。両親のことを知った時にはもう二度と会えないっていうことがただ…
「幸せになるよ、僕たち。だからそこから見守っていて」
ようやくそれだけを絞り出し、無言で祈りを捧げる。
「行こうか」
しばしの祈りの後、努めて明るく言った。
「父さん、母さん、また来るよ。いつか僕たちに子供が生まれたら一緒に連れて来るから」
そう言って立ち上がった時、一陣の風が僕の頬を撫でる。
…私たちはここからいつまでもあなたたちを見守っています…
風は僕たちにそう囁いてくれたような気がした。




                                    (終)





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