秘密のおでかけ2





2.

ミーティア姫もまた、困っていました。確かにエイトの言う通り、ひらひらした絹のドレスではどう考えても街の子供には見えません。近隣の村から運ばれてくる野菜や穀物の荷馬車に同じ年くらいの女の子が乗っているのを見掛けたことがありましたが、その子はブラウスと膝丈ぐらいのスカートを着ていました。姫の持っているドレスは皆、裾の長さがくるぶしまであります。庶民でも十四、五にもなると長いスカートを身に着けるようになりますが、自分がその年齢に見えるとはとても思えませんでした。
では新しくスカートを作ろうかとも考えましたが、木綿や麻の布が手に入りません。いえ、寝台周りの敷布や枕カバーは麻でしたが、あまりに真っ白過ぎてちょっと不自然でしたし、何より無くなっていたらリネン係のメイドさんに怪しまれてしまいます。
どうしようかと一生懸命考えながら城内を歩くうち、ふと赤い格子縞の布が目に入りました。何か片付け物の途中だったのでしょう、取りあえず見苦しくないように布を掛けておいたようです。
(これでスカートを作ったらかわいいのではないかしら?)
ミーティア姫はそう考えました。近寄って摘んでみると縁はもうかがってあります。筒状に縫い合わせ、胴にリボンを巻いてサッシュにしたらすぐにスカートになりそうでした。
「まあ姫様」
突然背後から声が掛かり、姫は飛び上がらんばかりに驚きました。
「お見苦しいところをお目におかけして大変申し訳ございません。すぐに片付けますので」
掃除係のメイドさんです。ミーティア姫はお願いしてみることにしました。
「お仕事お疲れさまです。…あの、この布はあなたのもの?」
「はい、左様でございますが」
「とってもかわいいわ。この布、もらえないかしら?お部屋の棚に掛けたいの」
「まあ、こんな粗末な布、姫様のお部屋には相応しくございませんですよ。ビロードや繻子の美しい布をたくさんお持ちでしょうに」
メイドさんは笑いながらそう言って取り合ってくれません。
「ううん、この布がいいの。だって大きなチェックがとってもかわいいんですもの。ね、お願い」
「ですが…」
「掛ける布が無くなって困るのだったら、ミーティアのお部屋のカバーを使って」
姫も必死です。
「いえ、そんな勿体無い」
メイドさんはびっくりして手を振りました。
「布なんていくらでもございますよ。姫様がどうしても、と仰るのでしたらまだ使っていないものがございますので、そちらを差し上げます」
「まあ本当?!うれしいわ、どうもありがとう」
姫の小躍りせんばかりの喜び様にメイドさんは不思議そうな顔をしましたが、
「ではただ今持って参ります」
と言って布を持ってきてくれました。
ミーティア姫はお礼を言い、布を抱えて小走りに部屋に戻ります。途中で廊下を掃除しているエイトを見付けました。
「エイト、エイト」
物陰から手招きするとエイトがやってきます。
「あのね、この布でスカートを作るわ。かわいいでしょ?」
エイトは胸にしっかりと抱えられた布を見ました。これなら何とか街の女の子に見えそうです。
「うん、そうだね」
エイトに認めてもらえて姫はとても嬉しくなりました。が、次の心配が浮かんで来ます。
「後はブラウスよね…どうしたらいいのかしら…」
「あのさ」
困っているミーティア姫にエイトは耳打ちしました。
「上は何とかするよ。だからちゃんとスカート作って」
「ほんと!?ありがとう、エイト」
そう言って爪先でくるりと回ります。あまり嬉しくてくるくる回っていると、
「ミーティア、人が来たらへんに思われちゃうよ」
と困ったように言われてしまいました。
「あっ、ごめんなさい。秘密のお出かけなんですものね、気付かれないようにしないと」
そう言いながらも姫のにこにこは収まりません。
「だからさ、そんなににこにこしていたらへんだよ。普通にしていてよ」
エイトはますます困ったように言います。
「ええ、分かっていてよ。ちゃんと普通にしているわ。じゃ、エイト、また後でね」
分かったようなことを言いましたが、楽し気に手を振り、部屋に戻るその足はスキップしています。歌を口ずさみながら遠離るその姿を見送って、エイトは小さく溜息を吐いたのでした。


部屋に戻ると早速ミーティア姫はお針箱を取り出しました。貴婦人の嗜みとして小さい頃から刺繍の手ほどきを受けています。自分で刺繍して縁をかがり、トロデ王に贈ったこともありました。
なので脇を縫い合わせ、胴に襞を取ってリボンを縫い付けることなど簡単です。あっという間にスカートが出来上がりました。赤いブーツに合いそうです。膝よりやや長めの丈で、着てみると足が空気に触れてちょっとひやっとしました。
でもこんなスカートを着るのは初めてです。何だかとっても嬉しくなって、鏡の前でポーズを取ったりダンスをしたりしてしまいました。
新しい服を作り、それが自分に似合っている様子を見て心躍るのは女性ならば誰しものこと。お昼になって仕方なく普段着のドレスに着替えした後も、にこにこは収まりませんでした。
「姫や、今日は随分ご機嫌じゃの。何かいいことでもあったのかの?」
とお昼の時にトロデ王に聞かれてしまう始末。
「いいえ、何もなくってよ。あっ、お父様とお昼ご一緒できるの久しぶりでうれしいの」
確かにその通りだったのですが、それにしてもはしゃぎ過ぎていてトロデ王は心配になりました。
「あまりはしゃぐとまた具合悪くなるのではないかの。今日は外に出ない方がよいのではないか」
トロデ王の心配ももっともでした。ミーティア姫は昼間はしゃぎ過ぎて夜熱を出したことが何回かあったのです。ただそれは子供に特有のもので、心配する程のものではなかったのですが。けれども亡き王妃の忘れ形見である愛娘の発熱がもし死病の前触れだったら、と王は恐れてしまうのでした。
「大丈夫よ、お父様。だってミーティア、エイトと一緒に遊ぶようになってから熱出したことないんですもの」
「そうじゃったの。随分丈夫になって、ワシゃ嬉しいぞ。エイトのおかげじゃの」
どうやら王の意識はそちらの方へ行ってくれたようです。ミーティア姫はほっとしました。
(気を付けなくっちゃ)
と姫は思いました。それでもどこかうきうきした気分が出ていたのでしょう。その日はずっと、
「ご機嫌ですね」
とことあるごとに言われ続けてしまったのでした。


着るものがどうにかなりそうだったので、エイトはほっとしていました。もしかしたら自分の服を貸さないといけないのではないかと心配していたのです。貸すのはいいのですが、女の子のミーティア姫にズボンを履かせるのは気が引けました。どこの子供でも女の子はスカート、男の子はズボンで、逆は見たことがありませんでしたから。それにあの長い髪をどこに隠すのか、帽子の中に押し込むしかなさそうです。その上完全に男の子の格好をさせたとしても、姫はどうしても女の子にしか見えなさそうでした。
一日の仕事が漸く終わり、エイトは寝床の中で自分の行李を開きました。中には自分の着替えが入っています。この前貰った新しいチュニックが奥にしまってありました。
頻繁に服が貰える訳ではないので、小さくなったり繕えない程生地がへたってしまうまで着なければなりません。今着ている服はまだまだ充分着ることができそうだったので新しい服は取っておいたのですが、これが役にたちそうでした。色も生成りで、これなら女の子が着ていてもおかしく思われないでしょう。
(後は頭かな)
時々親と一緒に荷馬車に乗ってきて荷運びの手伝いをしている女の子の服装をエイトは思い出そうとしました。確か髪は二つに分けて三つ編みにしていたようです。肌寒い日は肩掛けをしていました。秋も半ばを過ぎ、朝夕は冷え込みます。
(何かそういうものがあった方いいかも)
「おい、エイト」
あれこれ考えていたら隣の寝床から眠た気な声がかかりました。
「明日も早いんだ。さっさと寝ろ」
「は、はい」
こっそり点していた灯が邪魔だったようです。急いで灯を消し、荷物をしまいました。


次の日の夕食後、またミーティア姫が厨房にやってきました。
「こっち」
と口だけ動かして隅の方へ呼び寄せます。
「あのさ、このチュニック貸すよ。上に着て」
ミーティア姫はエイトの手の中にある服を見ました。
「ありがとう、エイト」
姫もまた、ほっとしていました。自分の持ち物の中で合いそうな服は無く、かといって自分で作るにはあまりに複雑で、どうしたらいいのか途方に暮れていたのです。
「じゃあ、その日はそれ着てきて…あっ!」
エイトは何か思い当たったようです。
「どうしたの?」
「その格好じゃ城の中歩けないよ…」
「あっ、そうね、そうよね…」
「どうしよう」
「どうしましょう」
「うーん」
「うーん」
二人で考え込むうち、先に口を開いたのはミーティア姫でした。
「あのね、馬小屋とかで着替えたら駄目?」
「えっ、でも汚れちゃうよ」
「平気よ、ちょっとぐらい」
「あっ、だったら」
漸くエイトがいいことを思い付いたようです。
「穀物貯蔵庫にしよう。あそこ、きれいにしているし、通用口も近いよ」
「貯蔵庫?」
「あ、分かんないか。じゃ、ここに来て。それまでにお弁当作っておくから。一緒に行こう」
「うん!」
本当に嬉しそうでした。その顔を見てエイトは、
(ああ、一緒に行くって言ってよかった)
と思ったのでした。





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2006.1.1〜2006.2.3 初出 2006.11.5 改定










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