明日への標




2.



いやー、久々に兄貴のところに行ったら、色々困ったことになっていたでがすよ。
見たことのないちっこいガキが出てきたと思ったら、
「ドワーフのおじちゃん!」
と指差してきやがった。あっしは正真正銘人間でがす!
「あっ、ごめんね、ヤンガス」
ガキを追っかけて出てきたエイトの兄貴はすっかり疲れた顔をしていたでがす。
「兄貴、どうしたんでげす?そんなに疲れた顔をして」
「疲れて?…うーん、そうかな。子守なんて慣れないことやってるからかな」
はあ、と溜息を吐く兄貴。うう、気の毒でげす。
「ククールがあの子を置いてったんだ。何の説明もなく」
姫さまのピアノの置いてある部屋に落ち着くと兄貴は事情を説明してくれやした。ガキは姫さまの側にへばりついてピアノで遊ぶようでがす。
「何て野郎だ。兄貴に迷惑かけるなんて」
「まあでも子供は何も悪くないんだし、こうやって面倒みてるんだよ」
何と優しいんでげしょう。でもこんないい服着せて兄貴やミーティア姫さまの居間で面倒みなくたってバチ当たらねえと思うんでがすがねえ。誰かに預けっちまえばいいんでがすよ。気になったもんで、そう聞いてみたでがす。
「うん。最初はそれも考えたし、周りもそう言ってくれたんだ。
でもね」
兄貴はちょっとの間遠い眼をしてからこう答えやした。
「そんなたらい回しみたいなことされたら、きっとすごく悲しいと思うんだ。目の前から頼っていた人がいなくなって気付いたら知らない人たちに囲まれていたりしたらものすごく心細いだろうし。そう考えたら別に子供が好きってことはないけど、ここにいる以上は最後まで見てやろうと思ってさ」
さすがは兄貴でがす!あっしはこの度量の大きさに惚れたんでがすよ。
「でもククールは見つけ次第落とし前つけさせてやる」
…怒ってるでがす。あっしは急いで話を変えることにしやした。
「このガ…子供なんでげすがね、おふくろさんがいるんじゃねえかと思うんでげすが」
「うん、それなんだけど…」
兄貴の顔が心なしか曇りやした。
「どうもあの子の母親、いないみたいなんだ。『きれいなおうちからおでかけして、おおきなあながあいて、ママいなくなっちゃった』って…」
「それは」
あっしは息を呑みやした。
「うん。僕もそれだと思ってる」
あの時のゴルドでがす。儀式を見るために神殿の中に入っていた人たちがたくさん巻き込まれっちまったんでげした。
「ということはいいとこのお嬢ちゃんなんでげすかねえ」
あの時「庶民はダメだ」って言われたんでがすよ。
「そんな気がしてる」
「名前は分からねえんでがすか」
「聞いてみたんだけど、どうも愛称みたいなのしか言えなくてさ。おまけに舌足らずではっきり聞き取れないし」
「そりゃ困ったでがすねえ」
あっしは子供の方を見やした。ミーティア姫さまと一緒に歌を歌っていて、とても楽しそうに見えたでがす。
「ひとまずゴルドっていう手がかりはあったから、人を遣って調べさせているんだ。
─どうやらククールもゴルドにいたらしい」
兄貴は声を低くしやした。
「えっ、本当でげすか」
「そこで出会って、あの子が『パパ』と呼んだもんだから宿の亭主に押し付けられたらしい。宿賃を多めに置いてあったらしくて、あの時からずっと見捨てることもしないで養ってたんだってさ、いいとこのお嬢さんっぽいから、迎えがくると思って。気の毒な話だったから、モンスター金貨置いてきてやったんだ」
「や、優しいでがすねえ…」
モンスターというところが引っかかるような気もするんでげすが、あれは売ればいい金になるでがす。
「その分も取り立てるさ」
…ククール、早く出てきた方が身のためでげす。兄貴の眼が全然笑ってねえ。
「あっしもパルミドで情報集めてみるでがすよ。どうせ帰るついでなんで」
「ありがとう。そうしてもらえるとすごく助かるよ」
部屋の隅でこそこそそんなことを話し合っていると、今度は姫さま一人で歌い出しやした。いやー、いいもんでがすねえ。あっしには歌心なんて洒落たものは持ってねえんでげすが、すごくいいもんだということは分かるでがすよ。
「ミーティアがいてくれて、本当に助かったんだ。城のみんなも」
歌を聴きながら兄貴はぽつりと呟きやした。
「僕一人じゃどうしようもなくて右往左往するだけだったと思う。もちろんヤンガスも、ね」
「え、あ、あっしでげすか」
急に自分の名前が出てびっくりしたでがす。
「僕はもう、前のように思った時に思ったことをする訳にはいかない。今の地位にはそれなりの責任があって、勝手なことをしたらみんな困ってしまうから。だから、代わりに他の人が色々やってくれて本当に感謝してるんだ」
「…照れるでがす」
やっぱり兄貴は兄貴でがす!どんなにお偉いさんになっても謙虚さを忘れない、さすがでがす!
「そ、そんなことより兄貴、竜神族の里からお土産言付かってきたでげすよ。今朝作りたてのチーズと苔桃のジャムでがす」
「ありがとう。いつも悪いね」
「いいんでがすよ、これくらい」
兄貴はちらっと笑みを向けてから、ピアノの前の二人に声をかけやした。
「おーい、お茶にしようよ。ヤンガスがいいもの持ってきてくれたんだ」
「まあ、嬉しいわ。いつもありがとう、ヤンガスさん」
ピアノの蓋を閉めてこちらに来た姫さまにそう言われて何だかくすぐったくなっちまいやした。『ヤンガスさん』なんて呼ばれたことねえもんで。
ふと、服の裾を引っ張られてることに気付いたんでがす。
「何でえ」
振り返ると例のガ…子供がにこにこしながら立っていやした。
「ありがと、ドワーフのおじちゃん」
だからあっしは正真正銘人間でがす!

            ※              ※              ※

あれから半月、神出鬼没なククールさんは全く見つからない。いえ、「〜の街で見た」というような情報だけはたくさん入るのだけれど。
「あいつ呪文で移動できるからなあ」
エイトはすっかりあきらめ顔になってしまった。
「それにどうも酒場やカジノで遊び歩いているって感じでもないみたいなんだよね」
そう、ククールさんは酒場よりむしろあちこちの領主の館の前でよく目撃されていた。
「ククールさん、あの子のご実家を探していらっしゃるのではないのかしら」
ここ数日ずっと考えていたことを口にすると、エイトも頷いた。
「うん。僕もそうなんじゃないかって気がしてたんだ。早くとっ捕まえて文句の一つも言ってやりたいんだけどね」
ククールさんはゴルドであの時の宿帳を見せてもらっていたという。
「宿帳に本当の名前を書いていたらいいのだけれど」
「それなんだよね…仮名で泊まる人って結構いるらしくてさ。僕もサザンビークでは居住地は嘘書いてたし」
だとすると探すのはものすごく難しいことになる。
「…あの子、どうなってしまうのかしら」
先のことを考え、ちょっと悲しい気持ちになってしまった。お母様が亡くなられ、ククールさんも行方知れずだなんて。
「できる限りのことはしてあげようと思ってるよ」
思慮深い眼をしてエイトが答えた。思えばエイトも、何もかも失った状態でトロデーンに来て、助けられた。屈託なく笑うその陰にたくさんの苦労があったことを忘れてはならない。
「ミーティアに何ができるのかしら…」
ただ後見という形で養うことは簡単だろう。きちんとした教育を受けさせて。でもその後は?
その時、急にあることに思い至った。あの子はたまたま私たちのところへやってこれた。けれどもそうではない子供たちはどうなってしまうのだろう。エイトは助けてもらえたけれど、それはとても運のいいことで本当はたくさんの寄る辺ない子供たちが倒れていってしまっているのかも知れない。教会に行けば守られるということは知っている。救貧院や孤児院といったものがあるということも。でも孤児院を出た人の子供がまた孤児院に入ってしまうということが繰り返されているらしい。どうしたらそれを止められるのかしら?
「ミーティア?」
はっと気付くと、エイトが私の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの、恐い顔して」
色々考えているうちに、眉根をぎゅっと寄せていたらしい。
「…エイト、あのね」
私にできることって、何かしら。
「今までで一番役に立ったお勉強って、何?」
唐突な質問にエイトはびっくりしたようだったけれど、すぐに考え込んで答えてくれた。
「…言葉遣い、礼儀作法、読み書き、かな」
「言葉遣い?」
思いがけない返事に思わず聞き返してしまった。
「うん。読み書きとか簡単な算術とかも役には立ったんだけど、やっぱり一番は言葉遣いだと思う。僕は里でちゃんとした訛りのない言葉遣いをするように躾けられていたらしいからあんまり問題なかったんだけど、もしそうでなかったら近衛兵になんてなれなかったと思う」
「でも、近衛兵になるためにそんな規約があるなんて知らなかったわ」
「『品行方正、不行跡のない者』に引っかかるんだよ。貧しい出身だと訛りを直さないままになってしまうもんだから、どんなに優秀で忠誠心の篤い兵であっても近衛には昇進できない。結果として正しい言葉遣いで躾けられたいい家柄の者だけが近衛になる。近衛への門戸は開かれてはいるけど、実際はそういったことでふるい落とされているんだよ」
「まあ…」
「それにね、城で働くメイドさんたちも地元の領主さんの館や教会とかで訛りを直して礼儀作法を教え込まれてからここに来るんだよ。特に城内で働く人はね」
「言われてみればそうね」
メイドさんたちの顔を思い浮かべた。確かに彼女たちはきちんとした言葉遣いをしている。
「領主さんも無償で行儀見習いさせている訳じゃないし、余りにひどい訛りで直せない者は貧しいままでいるしかないみたいだね。商いをやるにしてもお金持ちはちゃんとした言葉遣いの店にしか行かないし」
「そうなの…」
知らなかったわ。エイトが教えてくれなかったらそんなことには気付かなかったかもしれない。
「何か考えてる?」
「ええ。でもまだ考えているだけ。もう少しまとまってきたら聞いてね」
ただ子供を集めて衣食住を与えるだけじゃ駄目。でもちゃんとした言葉遣いを教えて礼儀作法を心得させれば身の振り方も色々考えられる。
「うん、楽しみにしてる」
今まであった施設がうまく行ってなかったのは、その辺のことが考えられていなかったのかも。子供たちの気持ちを汲んでやれるしっかりした方がいてくれて、実際に役立つ教育を与えられる、そんな場所があってもいい。成り立たせるための資金など、考えることは多そうだけれど。
「協力してね、エイト」
一瞬きょとんとしたけど、エイトはくすっと笑った。
「さっきから何のことかさっぱり分からないけど、いいよ。ものすごく変なことじゃなければ」
「ものすごく変なこと?」
「変なこと…そうだね、例えば」
でもどんな変なことだったのか、その先を聞くことはできなかった。
「恐れながら申し上げます」
扉の向こうで衛兵が声を張り上げた。
「どうぞ。こちらに」
エイトの顔がさっと仕事中のものに変わり、入室を促す。
「恐れ入ります」
入ってきた衛兵は直立不動のまま、私たちに告げた。
「ゼシカ様、急のご来訪でございます」


                                  続く→

2009.12.24 初出 






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