家族の肖像(前編)




今日は天気もいいし、ミーティアと二人、庭でお昼を食べることにした。
サンドイッチとサラダ、冷たいポタージュ、それからちょっとだけのワインでのんびり外の空気を楽しもうと思っていたんだけど…
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「どっ、どうしたの?」
「どうもしてないわようふふふふふふふふふふふふふ」
「どうもしてるって!あっ、ミーティア、これワインじゃないよ、ブランデーだよ!」
樽からデキャンタに移す時、間違ったな。地下室は薄暗いし、ワインの樽とブランデーの樽は並んでいる。時々あったな、そういうこと。
「あら、そう?いつもと色が違うし飲んだ時にずいぶんびりっとするのねって思っていたの。うふふふふふふふふふふふふふ」
「ああああ…完全に酔っているよ…」
「酔ってなんていないもんうふふふふふふふふふふふふふ」
ワインとブランデーなんて色が全然違っているのに何で気付かなかったんだ。あ、それより先にミーティアはそんな強いお酒を飲んでしまって大丈夫なんだろうか。
「大丈夫?気持ち悪くない?」
「ううん…とーっても幸せな気持ちなの…」
「あっ、眠くなっちゃったの?」
「ええ、ちょっとだけ…」
眠そうに目をこするミーティアの頭を膝に乗せてやる。
「まあ、エイトの膝枕ねうふふふふふふふふふふふふふ」
ミーティアは笑い上戸だったのか。泣き上戸よりはいいのかな。でも結構始末悪いな、これって。
「エイト…」
「なあに」
また笑い続けるのかな。
「エイト、だいすきよ…」
「ミーティア?」
返事はなく、ただ安らかな寝息ばかり。僕は一つため息をついて、でもさっきの言葉を反芻して幸せな気持ちでミーティアを見詰める。
ほんの少し頬を染め笑みを浮かべたその寝顔はとっても可愛らしい。つい口づけしたくなって、眠りを妨げぬようそうっと身をかがめた時、背後から声がかかった。
「エイト、何をしておる」
げっ、お義父様!
「あ、あの、ワインだと思っていたのにブランデーが入っていて、それで飲んだらミーティアが酔ってしまって…」
「何じゃと!姫を酔わせて狼藉をはたらこうとは言語道断。そこになおれ!」
「ちちち違います!それにそんな大声出したらミーティアが起きてしまいますよ!」
「話を逸らすでないぞ!おしりぺんぺんの刑じゃ!」
ミーティア、罪のない顔で寝てないで僕を助けてよ。
「う…ん…お父様?」
あっ、目が覚めたかな?
「何をさわいでいらっしゃるの…エイトの膝枕はとっても気持ちいいのに…そうだわ、お父様もご一緒しましょう…」
ええっ、それだけは勘弁してよ。男の人を膝枕するなんて嫌だよ。
「えっ、いや、その、ワシは…」
「…むにゃむにゃ…エイト…」
お義父様がしどろもどろになっているうちにミーティアはまた寝入ってしまった。
「やれやれ、正直あせったわい」
完全に毒気を抜かれたような顔でそう呟くと僕に向き直った。
「おぬしは姫を酔わせた罰として、目が覚めるまでそうして膝枕してやるのじゃ」
「…はい」
とは言えそれは望むところだ。
「無論チューは無しじゃぞ、チューは」
「ええっ」
そんな。こっそり楽しみにしていたのに。
「見つけたらトロデスパークの刑じゃからな!」
トロデスパークってどんな技だよ。聞いたことないし。
「ほおー、命が惜しく無いとみえる。受けてみるか?」
いや、いいです…知りたくもないです…
「では頼んだぞ」
ミーティアは僕の膝ですやすやと眠り続けている。


日が落ちてきて大分肌寒くなってきた。『起きるまで』と言われたけど、このままでは風邪をひいてしまう。
「ミーティア、起きて」
そっと呼びかける。
「んん…」
僕の声に反応してミーティアの目が開いた。状況がまだよく掴めていないのか碧の瞳をさまよわせる。
「エイト…?」
「ミーティア、大丈夫?」
少しずつ周りの様子が見えてきたのか視線が定まってきた。
「あ…、ごめんなさい。ずっと膝枕していてくれたの?」
そう言って身体を起こす。
「ごめんなさい。そしてどうもありがとう」
「いいよ、それくらい」
そう言ってあげるとはにかんだ様子を見せた。
「あのね…変じゃなかった?」
「変って?」
「お酒飲んでしまった後、覚えてないの…」
覚えてないのか!…ということはそれに乗じて…いや、やめておこう。
「ずっと笑いっぱなしだったよ。すごくかわいかった」
「エイト!」
「ミーティアって笑い上戸だったんだね。でも笑い方ちょっとおかしかったよ」
そう言ったら、ちょっと不安そうな顔になった。
「ほんとにほんとにそれだけ?ああ、何だかもっと変なことをしてしまったような気がするわ。どうしましょう」
おろおろするミーティアも可愛いかも。だけど…うう…
「どうしたの?大丈夫?」
ずっと膝枕していた後ミーティアの頭が除けられたので足に再び血が通い始めた。それがめちゃくちゃ痛い。腕枕する時はこんなに痛くならないのにな。
「ごめんなさい、ミーティアのせいね。…ホイミできたらよかったのに…」
「いいよ、大丈夫。こうしていればそのうち治るから。ありがとう」
ホイミじゃなくてキアリクかな、と思ったんだけど嬉しいのはその気持ち。
「先に戻っていたら?寒くなったんじゃない?」
「ううん、いるわ。一緒にいたいの」
そう言うと頭を僕の肩に乗せてきた。髪がさらさらと僕の胸にかかる。僕は腕を廻してしばらくそのままでいた。
「そういえば…」
「なあに」
「さっきお義父様に『トロデスパークの刑じゃ』って言われたんだけど、それってなんだろう。ミーティア、知ってる?」
「うふふ」
げっ、まだお酒残っているんだろうか。
「ミーティアがうんと小さい時、よく言われたの。お父様のおひげを引っ張ったりすると『トロデスパークじゃぞ!』って」
「へえ…」
「でも一度もされたことなかったわ。だからどんな技なのかミーティアも知らないの。
ところでエイトはどうしてトロデスパークの刑になりそうになったの?」
「いや、その…」
「ど・う・し・て?」
うう、からかわれているよ。
「そっ、その、ちょっと…」
「言えないようなことをしようとしたの?」
こうなったらもう直球勝負だ。言ってしまえ。
「…キスしようとしてたんだ。寝顔があんまりかわいかったから」
「もう!そんなことしたら怒られるに決まっているじゃないの」
「だってすごくかわいかったんだもの」
と言うとミーティアが頬を染めながら微笑んだ。
「エイトったら!…うふふふふふ。やっぱりトロデスパークの刑を受けてみた方がいいかしら。うふふふふふ」
もう酔ってなんかない。むしろ悪戯な眼差しで僕を見上げる。
「えっ、いいよそんなの」
「ミーティアもどんな技なのか知りたいと思っていたの」
「僕は知らなくていいよ!むがっ…」
僕の口を塞ぐようにミーティアの唇が重ねられる。だから見つかったら…ああでもミーティアの唇は甘くて柔らかい…
「エーイートー!」
げげっ。どこから出てきたんだよ!
「おぬしあれ程言うたに人前でいちゃつきおって。よっぽど受けたいようじゃな」
「ちっ、違うんで…」
「必殺!トロデスパーク!」
「ぎゃー助けてー!」


                                          



2005.4.23 初出 2007.2.9 「春の宴と新しい技」より改題


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