家族の肖像(後編)




いてて…さっきのトロデスパーク、まだ残っているよ。もうお年だというのに無茶するなあ。あー痛い。
「どうじゃ、ワシの技の切れ味は。これに懲りてもう人前でいちゃつくでないぞ」
「でもあれは」
「ほう、もう一回かの」
「すみません何でもないです」
「うふふ、こんな技でしたのね」
ミーティア、笑ってないで止めてくれよ。薄情者め。
「そろそろ夕食じゃ。城に戻ろうぞ」
お義父様の言葉に頷いて立ち上がり、三人連れ立って城へと歩く。
「しかしまあ思い付きでやってみても案外上手くいくもんじゃな」
まだニヤニヤの収まらないままの呟きをミーティアが聞きとがめた。
「まあ、では子供の時のあれは何でしたの?」
「あれは口から出まかせじゃよ。かわいい姫に技をかけるなぞできる訳なかろうが」
先を行くお義父様はぶらぶらと歩きながらそう答えた。
「まあ男の子じゃったら技をかけたかもしれんがの。生憎ワシには姫しかおらんかったし」
そうだった…僕がここに来た時には既に独り身になられていて、ただ一人の娘、ミーティアとお二人だけで暮らしていらっしゃった。
「お父様…もしかして私が男だったらと」
「いやいや、姫は姫でよいのじゃ。ワシゃ娘というものがこんなに可愛く愛しいものだとは思わなんだ。
ただの、もし息子がおったならレスリングごっこやチャンバラごっこがしたかったのう、と常々思っておってな」
「まあ…でしたらお相手しましたのに」
「そんなおてんばはさせられんわ。格闘家な姫や剣士な姫になってしまったらいかんじゃろが」
笑いながら二人は会話している。なんだかとてもうらやましい。いかにも家族、って感じで。
「じゃがの、」
と言ったところで僕を振り返る。
「今やワシにはエイトがおる」
えっ、僕?
「姫はすぐ側におるし、その婿はトロデーンの誇りとも言うべき勇者じゃ。
ワシゃの、ずーっとおぬしが本当の息子じゃったら、と思っておったんじゃよ」
そうだったんだ。昔からいろいろよくしていただいていたんだけど、そんな理由もあったんだ。
「今やエイトは義理とはいえワシの息子じゃ。それも自慢のな。念願叶って嬉しいのう」
と言ったところではたと手を打つ。
「そうじゃ、これからは『親父様』と呼べ」
「えっ?」
唐突な言葉に頭が真っ白になっているとさらに畳み掛けられた。
「息子に親父と呼ばれてみたかったんじゃ。エイト、ほれ」
「お義父…」
「違うっ!」
ひえー、言いにくい。ずっと『王様』とお呼びしてきて『お義父様』でさえ気後れするのに。
「おっ、親父様…」
「うむ!」
よほど嬉しかったのか何度も何度も頷く。でも親父っていわゆる庶民の言い方なんじゃないかな?父さんを卒業した男の子の。
「父上もいいんじゃが、昔トラペッタで見掛けた親子が何ともいい感じでな。子供が『親父』と呼んでおって、それが恰好よかったんじゃよ」
「いやでもこの呼び方は」
「うむ、分かってはおるぞ。じゃがの、おぬしには父上がおるじゃろうが」
そう、僕の父上、エルトリオ。一度もそう呼ぶことができなかった父上。
「エルトリオ殿を差し置いて父上と呼ばれては申し訳ない。それは本当の父にとっておくのじゃな」
「はい」
その心遣いがありがたかった。最初は慣れなくて『父さん』だったんだけど、最近は心の中ででも『父上』と呼び掛けるようにしているんだ。
「フッフッフ」
突然不気味な笑い声が上がった。
「な、何ですか」
「おぬしに『父上』はただ一人。じゃが」
と言ったところでびしっと僕に指を突き付ける。
「『親父』はここにおるぞい。生きて、おぬしとレスリングごっこしたりするのはこのワシじゃからの」
なんだかとても嬉しそうだ。こんな感じなのかな、家族って。技かけられるのは勘弁だけどね。
そういえば僕もそういう遊びってしたことなかった。よくしてくれてても城の人たちは皆他人だったし。封じられた記憶の中にはあったのかもしれないけど。
だけど断ったんだ、竜神王様の申し出。「記憶封じの呪いを解いてやろう」っていう言葉。
僕にはもう幸せな記憶がある。失われた記憶がどんなに幸せなものであったとしても所詮過去のことでしかないのだから。それにこの呪いも悪くはない、他の呪いにかからないんだから。
先を行く義父の後ろで僕たちはこっそり手を繋ぐ。失われた過去より未来を見たい、ミーティアと一緒に。
「また新たなる技を思い付いたぞ」
「えっ、あの、ほら夕食なのでは…」
「何じゃ、腰が引けとるぞ、だらし無い。すぐに終わるぞ、覚悟はよいか」
「うふふ、今度はどんな技かしら」
そこのお姫様、笑ってないで止めてくれよ。
「行くぞ!トロパフ!」
嫌だよそんな名前からしてあからさまにアレじゃないかどうせならミーティアに…ってちょっと待ってよ!
「たーすーけーてーっ…ぐふっ」


                                                      (終)




2005.4.27 初出 2007.2.9 改定









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