とろとろとした寝覚めの中、僕は何だか熱い物を抱き抱えているような感じがした。何だか分からないけど熱くて重みのある柔らかい…ん?熱い?
はっと目を開くと、腕の中にはミーティアが眠っていてほっとした。が、普段より熱い気がする。
「あ…おはよう…エイト…」
目覚めたミーティアの声もいつもと違う。額を合わせると明らかに熱い。
「どうかしたのかしら?何だか身体が変な感じだわ…」
眠そうに起き上がろうとするので慌ててミーティアを抑え、衾をかけ直した。
「駄目だよ、寝てなきゃ。具合悪いんだろ?熱があるみたいだよ」
「熱なんてないわ…大丈夫…」
「大丈夫じゃないって!いいから寝ててよ」
これはもう典医さんを呼ぶしかない。僕は急いで服を着て呼びに走った。

              ※            ※            ※

ミーティアの発熱は疲れによるものだと典医さんは断言してくれた。
「今日一日ゆっくりお休みになるように」という指示をもらってミーティアの枕元に戻ると、ミーティアがうっすらと目を開いた。
「ごめんなさい、エイト…」
「気にしないで今日一日ゆっくり休んで」
額に手をやると、いつもはひんやりしているのに今日は熱くて、何だか泣きそうな気持ちになった。
「エイトの手、冷たくて気持ちいいわ…」
いつもは「温かい」って言うのに。
今日一日ずっと側にいてあげたい、そう思ったのに、
「こちらは私どもにお任せを」
とメイドさんたちに追い出されてしまった。
仕方なく一人で日課をこなしたけど、何だか気が乗らない。ミーティアが心配だし、張り合いがない。それでも淡々と日課をこなし─お義父上には「もっと姫を大事にせんかい!」とどやされ─夜になった。


夕餉の後ミーティアの様子を見に部屋へ行ったら、大分顔色が良くなっていた。よかった、でもまだちょっと熱があるらしい。
今夜はミーティアと一緒にいられない。自分に与えられている部屋に久々に戻る。結婚してから初めてじゃないのかな、自分の部屋で眠るのは。朝も夜もずっと一緒だったから…
よそよそしささえ感じる自分の部屋で、さっさと夜着に着替えると寝台に潜り込み、目をつぶった。
…いつの間にか眠っていたようだ。ふと気が付くと月光が西の窓から差し込んでいた。
ああもう真夜中も過ぎたんだな、とおぼろ気に思った時、枕元に誰かいることに気が付いた。
ミーティアだった。
真っ白なガウンを夜着の上に羽織っただけのミーティアが差し込む月光の中に黙然と立っている様はまるで月の精のようだった。
「どうしたの?具合は?」
あまりの神々しさに気後れしつつも、何か言わないと、と問い掛けた。
「もう大丈夫よ」
「本当に?」
そう聞きながら額を合わせたのは、熱を計ったんじゃなくて本当にミーティアがそこにいることを確かめたかったからだった。
「よかった、熱は下がったみたいだね。…でもどうしたの?まだ無理はいけないよ」
本物のミーティアだ、と分かってホッとしたけど何で夜中に僕の部屋に来たのが分からない。
「ただエイトの顔が見たかっただけなの…もう戻るわ」
そう答えると身を翻して出て行こうとするので、
「待って、すっかり冷え切っているじゃないか。今夜はここにいたら?」
そう言うと、ミーティアは一瞬ためらったけど、
「ありがとう」
と小さく呟いてガウンだけ脱いで僕の隣に滑り込んできた。
腕を廻すと滑らかな絹の手触りの内側にミーティアの身体を確かに感じた。冷たい絹の手触りとそれに包まれている身体の微かな温もりを。
「ミーティア」
「なあに?」
「キスしたい」
ミーティアは何も言わず目を閉じたので、そっと口づけを交わした。
「今夜はこのままでいよう…」
そっと唇を離し囁くと僕の胸の中で頷く気配がした。
「ミーティア」
「なあに?」
「来てくれてありがとう。会いたかった」
僕たちはとても安らかな気持ちで二人同時に眠りに落ちていった。互いの鼓動を感じながら。


明け方、ミーティアは僕の隣を抜け出し、自分の部屋へ戻っていった。
本当はずっと一緒にいたかったけど、それはあまり誉められたものではないということを僕は知っている。色々な都合があるから、本来なら僕も、ミーティアの部屋ではなくていつも自分の部屋で一人で目覚めたことにしなければならないということも。

              ※            ※            ※

隣の空白を感じつつ夜明けまでまどろんで、朝一番にミーティアのもとへ向かった。
「おはよう、エイト」
「おはよう、ミーティア。身体の具合はどう?」
部屋で出迎えてくれたミーティアの頬は昨日までと違ってふっくらと薄紅に色付いていてすっかり元気になったことを伝えてくる。
「ええ、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい」
「よかった。でもまだ無理しないで」
この騒ぎですっかり忘れていたんだけど、夜中に抜け出して熱を出したんだよね。そして抜け出す理由は未だに分からないんだった。そういう意味も込めてそう言うと、
「ありがとう」
にっこりしてミーティアはそう言った後、
「…もう大丈夫…」
と小さく呟いた。
『もう大丈夫?』
何だろう。でもミーティアはにこにこしているし、何となく追求するのも悪いかな。
僕は黙って見守ることにした。ただ、夜中に出かけようとしたら今度は起きて止めようと心に決めたけど。
でもその夜からミーティアが夜中に出かけていくことはなくなった。いつも通りの毎日が続いていく。


ただ、変といえば変なのはミーティアが何だかとってもご機嫌なんだよね。いや、ミーティアの笑顔を見るのは嬉しいからいいんだけど。
何ていうか、こっそり城を抜け出してトラペッタに遊びにいくために計画を練っていた時の感じに似ている。あの時はお弁当持って、変装までして遊びに行ったんだっけ。こっそり出かける上、変装するというのが楽しかったのか、あの時もすごくご機嫌だった。あまりのご機嫌ぶりにばれてしまうんじゃないかと不安になるくらい。
きっと何か楽しい企み事をしているんだろう。僕が仲間はずれなのは癪にさわるけどね。


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2005.1.21〜26 初出 2007.2.3 改定









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