二人の冒険4





4.

扉をくぐるとすぐに階段が始まっていました。
「エイト、あれ」
ミーティア姫の指差す先には厚く積もった埃に混じって白い─石臼から溢れた小麦粉が付いたのでしょう─足跡が点々と続いています。
「うん。追いかけよう」
エイトは手燭を掲げ先に進むことにしました。蜘蛛の巣が張り巡らされていて、それも埃塗れときたものですから打ち払わなければなりません。
エイトは、先程厨房を出る前にミーティア姫が、
「何か被った方がよくないかしら?」
と思い付いたことに感謝しました。早速二人でおばさんの三角巾を拝借し、さらに「埃を吸うとよくないから」と口を覆ってたちまち怪し気な二人組が完成したのです。
でもそのおかげで埃も蜘蛛の巣も我慢できそうです。エイトは蜘蛛の巣を払いながら慎重に階段を降りていきました。ミーティア姫もぴったり後に続きます。
階段はすぐに終わり、長い廊下が続いていました。埃は相変わらず凄まじいものでしたが進むにつれて蜘蛛の巣は少なくなり、大分楽に進めるようになりました。
ふと、エイトは妙なことに気付きました。今まで知らなかったこの廊下ですが、厚く積もった埃の下は誰かたくさんの人がずっと使って滑らかになった石畳のようです。乏しい灯で周りの様子を窺うと、きちんとした燭台が据え付けられており、かつては頻繁に使われていたことが窺えます。
「あ、分かれ道よ」
姫の指差す先には上へ行く階段とまだ続く廊下がありました。
「どっちだろう」
粉は大分落ちてしまって足跡を辿ることが難しくなっています。では埃の上に残る足跡で、と思ったのですが動物の物と思わる足跡がいくつも重なっていて、乏しい明かりではどれが新しい物か判別できません。
「何となくそっちだと思うんだけど…」
エイトは廊下の奥を指差しました。
「でもこっちの階段もちょっと昇って様子を見てみない?」
「ええ、いいわ」
二人は階段を昇って行きましたが、探索はすぐに終わりました。
「何の音?」
エイトが怪訝そうに言った途端、ミーティア姫が声を噛み殺して笑い始めました。
「お、お父様のいびきだわ。最近疲れていらっしゃるから…」
どうやらこの先はトロデ王の部屋、もしくはその近くに出るようです。
「も、戻ろうか」 エイトも釣られてぷっと吹き出しながら階段を降りようとしたその時でした。
「ミーティアや…」
突然自分の名前を呼ばれたミーティア姫は飛び上がります。
「可哀想に…自分の母君も覚えてはおらん…」
トロデ王の寝言にはっとしてエイトは姫の顔を覗き込みました。でも姫は何も言いません。
「…行きましょ」
短く言うとミーティア姫は裾を翻します。
「…かわいそうじゃないもの」
ややあって姫は口を開きました。
「ミーティアにはお父様がいるもの。それにエイトだって」
「…うん」
エイトにはただ頷くことしかできませんでした。覚えている限りエイトには両親がいませんでしたから…
「さびしくなんてないわ。ね?」
にっこりと笑いかけるその顔を見て、エイトはさらに「ちゃんと守らなくっちゃ」と思ったのでした。



でもこれで一つ謎が解けました。ネズミはこの通路を使ってトロデ王の部屋の食べ物をつまみ食いしていたのです。
「後で扉をしっかり塞ぐようにお父様にお話ししなくちゃ」
いつもの元気を取り戻してくすくすと笑いながら姫はそう言いました。
「うん、厨房のところも直さないとね」
「そうよね。ミーティアも聞いたことがあってよ。どこかのお城だったかしら?ネズミの運んできた病気でみんな死んでしまったって」
ポケットから頭を出していたトーポでしたが、その言葉にしょんぼりしたかのようにヒゲをだらりと下げました。
「あっ、ごめんなさい。トーポはいいの。だってエイトのお友達ですもの」
「チュ」
小さな鳴き声とともにヒゲもぴんとなったようです。
「トーポって不思議よね。ミーティアたちの話していること全部分かっているみたい」
「トーポは特別なんだ」
エイトは何だかとても嬉しくなりました。自分ではなく自分の友達が誉めらるというのも嬉しいことなんだと初めて知ってのです。そして気の向くままトーポとの出会いや助けてもらったことなどを姫に話したのでした。
「…それで僕の首元をトーポが温めてくれてたんだよ」
「まあ、本当に賢いのね」
トーポは何だか誇らし気です。エイトはそんなトーポを撫でてやりながら
「うん、すごく大切な友達なんだ。だから昼のこと…やだったな…」
と言いました。
「そうよね…」
昼間、自分の友達が─間接的にせよ─非難されているのを見てミーティア姫は悲しくて嫌な気持ちになったのを思い出しました。
「でも汚名挽回するよ」
「それを言うなら汚名返上、名誉挽回でしょ」
「あ、そうだった」
笑い声が使われなくなって久しい廊下に響き渡ります。ミーティア姫は改めて気付きました。自分がここにいるのは濡れ衣を着せられた友達のためなのだ、と。



廊下は長く、ところどころに分かれ道がありました。「違うかな?」とは思っても一応その先も確かめていたので相当な距離を歩いたことでしょう。普段そんなに長く歩かないミーティア姫はそろそろ足が痛くなってきました。
「大丈夫?」
遅れがちになるミーティア姫を気にしてエイトが手を差し伸べます。
「大丈夫よ、これくらい」
姫はそんなことを言いますが、歩き方がおかしくなっています。お姫様の履くような華奢な靴は長距離を歩くのには向いていません。どうやら靴擦れしてしまったようです。
「ほら、ミーティア、おんぶするから」
エイトは腰を屈めて「さあ」と言うように手を後ろに伸ばします。
「あ、ありがとう」
ミーティア姫は一瞬目を見開きましたが、恐る恐るエイトの首に手を廻しました。何しろ人に背負われるなんてことは今までなかったのですから。
エイトは灯を持っているせいでちょっとよろめきましたが、踏ん張って何とか立ち上がりました。が、片手が塞がっているのでどうも安定がよくありません。姫はそれに気付きました。
「灯、持つわね」
「ありがとう、すごく助かるよ」
伸ばされた手に灯を渡し、姫に道を照らしてもらいながらエイトは姫を背負って廊下を進んだのでした。





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2005.11.18〜2005.11.24 初出 2006.8.26 改定









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