二人の冒険3





3.

夕食の片付けも終わり、仕事から開放されたエイトは昼間のうちに隠しておいた手燭と火打ち石を持って寝床へ潜りました。もちろん眠るつもりはありません。そのうち他の大人たちも寝床に入り、規則正しく寝息をたて始めました。
(よし)
エイトは他の人を起こさないように静かに起き上がり、手早く着替えました。そして用意していたものを持って部屋を出ました。
(ここまでは大丈夫…)
「遅かったのね」
急に声がしてエイトは飛び上がらんばかりに驚きました。
「今夜はもう寝ちゃったのかと思っていたのよ」
ミーティア姫でした。昼間言った通りいつもの絹製のドレスではなく、麻製の―─もちろん庶民の服に使われるものとは比べ物にならない程上質でしたが―─散歩服を着ております。
「姫様…こんな遅くにどうして。お部屋に戻られては」
エイトは慌てながらも姫には部屋に戻ってもらおうとしました。
「一人でネズミ退治しようと思っていたでしょ?」
ミーティア姫の指摘は図星で、エイトはもじもじと下を向いてしまいました。
「駄目よ、昼間約束したでしょ?一緒にしようねって」
「でも…」
「ドレスが汚れたって平気よ。それにほら!」
そう言って姫は手にしていた小さな袋から葉っぱのようなものを取出しました。
「やくそうと毒消し草よ。昼間に神父様にもらってきたの。エイトは持ってないかも、って思って」
確かにエイトは持っていませんでした。そんなに高価なものではありませんが子供の小遣いでは手痛い出費になるので買うのをあきらめていたのです。
「それに一人より二人の方が何かあった時にいいと思うの」
ミーティア姫は真剣にエイトを説得します。
確かに姫の言う通りでした。城内の人通りの多い所ならともかく、人気のない場所で怪我してしまったら見つかるまでそこでじっとしているしかありません。それに子供一人いなくなったところで誰が真剣に捜してくれるでしょう。多分傷が治るまで──もしかしたら死んでしまうまで──その場にいなければならないかもしれないのです。
「分かりました。でも危なくなったら僕はいいから逃げてください」
仕方なくエイトはそう言いました。
「いいわ。でも逃げるんじゃなくて助けを呼びに行くのよ。それでいい?」
ミーティア姫に押し切られるようにエイトは頷きます。
「う、うん。じゃなかった、はい」
「『うん』でいいのよ」
ミーティア姫の言葉で二人は顔を見合わせて笑い合いました。
「じゃ、行きましょ。灯を点けて」
「ううん、灯はまだ」
エイトの言葉にミーティア姫は怪訝そうな顔をします。
「どうして?真っ暗で何も見えないと思うわ」
「ネズミは明るいところが大嫌いなんです」
「えっ、そうなの?!」
つい声が高くなった姫にエイトは「しーっ」と指を唇にしました。
「ウサギなんかもだよ…です。夜になると動き始めるんですよ」
一緒に歩きながらエイトはそう話してあげました。ミーティア姫は本の中でしかそういった動物を知りません。お城にネズミ捕り用のネコはいましたがそれはそれは無愛想で、子供が近寄ろうものなら「フーッ」と威嚇され、追い払われてしまいます。ですから姫にとってエイトの飼っているトーポは初めて目近で見る動物なのでした。
「そうだったの…トーポは昼間でも元気よね」
「うん、ちょっと変わってるん…変わっているんです、こいつ。本当はネズミじゃないのかも」
トーポはエイトのポケットから眠そうに頭を出していましたが、慌てたように中に潜り込みました。
「でも昼間元気な方がうれしいわ。だって一緒に遊べるんですもの」
「うん」
エイトは頷くだけにしました。さっきからきちんとした言葉遣いがし難くなってつい普通の話し方になってしまいます。
(気を付けなきゃ、お姫様なんだし)
「ところでどこを探すの?」
そんなエイトの気も知らずミーティア姫が聞いてきました。
「ち、厨房かな…」
「はいっ。じゃ出発!」
エイトの言葉にとても嬉しそうに姫が頷きます。昼間会う時はとてもお行儀よくていて笑う時もにっこりと微笑むだけなのに、今夜は活き活きとして快活な様子でした。
(でもかわいいや)
エイトもちょっぴり幸せな気持ちで他愛もない話をひそひそとしながら厨房へ向かったのでした。



夜更けの厨房は静まり返り、真っ暗でした。けれども灯無しでここに来たおかげで二人には暗がりを見通すことができます。
「ね、エイト、あれ」
姫の指差す先、石臼の周りをうろつく小さな影があります。
「ネズミ…?」
にしてはちょっと大きいような気がします。何だろう、とそうっとエイトたちが近付いた途端、その影はさっと逃げてしまいました。
「逃げられた…」
「そこの棚の陰に入っていったみたい」
「うん」
二人で棚をずらしてみると、そこには扉がありました。
「こんなところに扉があったなんて」
下の方にかじって開けたような穴があります。きっとこの奥にネズミの巣があるに違いありません。扉には鍵は掛かっておらず、押すと音もなく開きました。先は真っ暗で埃っぽい臭いがします。
「い、行く?」
「い、行くわ」
二人で顔を見合わせ「ごっくん」と唾を飲み込みました。
「じゃ、行こう」
扉をくぐり抜けると本当に真っ暗のようです。用意していた手燭に火を点し、二人は奥へと進むことにしました。





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2005.11.18〜2005.11.24 初出 2006.8.26 改定









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