二人の冒険2





2.

「お父様っ」
執務室で大量の書類に埋もれていたトロデ王は突然の姫の来訪に飛び上がらんばかりに驚き、椅子から転げ落ちました。
「どうしてエイトのネズミを処刑しなければいけないのっ!」
「なぬ?!」
また姫の剣幕たるやその辺の書類を吹き飛ばさんばかりの勢いです。
「どうしてもというのなら、ミーティアはもう、お父様とお食事をご一緒いたしません!」
声高らかに宣言されてしまって王は慌てました。何しろ姫に反抗されるなど一度もなかったことでしたから。
「ひ、姫や…ワシゃ『お菓子を食べたネズミを捕まえろ』とは言うたが、エイトのネズミをどうこうせい、とは言っておらんはずなのじゃが…」
なけなしの威厳をかき集め、立ち上がりながら王は答えます。
「でも侍従さんがそう言ったんですもの」
そう言って姫は振り返りました。後ろには件の侍従とエイトが所在な気に立っております。もっとも侍従は部屋に入ってからずっと姫と目を合わせぬようにしておりましたが。
「おぬし…本当にそう言うたのか?これ、こっちを向かんかい」
王はますますそっぽを向く侍従に歩み寄ります。
「は、はあ、あのう、そのう、疑わしい、と思った次第でして…」
「このアホタレがっ!」
しどろもどろの彼に王の雷が落ちました。
「適当なことでお茶を濁そうとしておったじゃろ。
もういい、下がれ。おぬしは罰として便所掃除一週間じゃ!」
「ひいい、お、王様、申し訳ございませんでしたー!」
頭を抱えて侍従は部屋を下がっていきました。  
「さて」
王がエイトの方へ向き直りました。
「すまんかったの」
「あっ、あの、いっ、いいえ、恐れ入ります」
突然の王の謝罪にエイトは慌てながらも頭を下げました。
「どうも最近ネズミの害がひどくての…姫と食べようと思って取っておいたクッキーが食われてしもたのじゃよ」
「まあ」
「おまけにフンまでされてしもうて、頭に血が上ってな…」
しゅんとする王様にミーティア姫は近寄って手を重ねました。
「お父様、ごめんなさい。わがままを言ってしまって」
「いいんじゃ、いいんじゃよ。じゃが…」
余程がっかりしたのか肩を落とした様はいつもより小さく見えます。
「ま、鍛冶方にネズミ捕りの罠を多く作るよう命じておいたから、少しはましになるじゃろ。それまでの辛抱じゃ」
自分を奮い立たせるようにそう言うと、
「さて、仕事に戻るかの。今日も書類がたくさんあるし」
と、椅子に戻ります。
「お父様、お仕事中ごめんなさい。お昼はご一緒できるかしら」
「うむ、今日は大丈夫じゃと思うぞ」
「はいお父様、ではお昼に」
再び仕事に没入していく王の頬に一つ接吻して姫は部屋を出て行きました。エイトも急いで王に深くお辞儀して従います。



「お父様、かわいそう。あんなにたくさんお仕事があって」
「そうですね」
部屋を出たところでミーティア姫が小さく呟きました。
「なのに楽しみにしていらしたお菓子をかじられてしまったらお怒りになるのも仕方ないわ」
「…」
隣でエイトが考え込んでいるようです。
「どうしたの、エイト?」
「…何とかできないかな、と思いまして」
「何とかって?」
「ネズミを捕まえられないかな、って」
「えっ」
エイトの思いがけない言葉に姫は驚きました。知り合ってこのかた、エイトが自分から何かしよう、と言い出したことはなかったからです。
「じゃ、ミーティアも手伝うわ」
今度はエイトが驚く番でした。知り合ってからずっと、ミーティア姫はそれはそれは優雅でおっとりとしていて、先程のように声を荒気るようなことすら一度もなかったのに、ネズミ退治を手伝うと言うのですから。
「だ、駄目です、姫様」
「駄目じゃなくってよ。だってここはお父様とミーティアのおうちですもの」
胸を張って答える姫は大層可愛らしくありましたが、それはそれ、これはこれ。
「だって姫様のドレスとか泥んこになってしまうかもしれませんし…」
「お散歩用の服があるもの。それにエイト、『姫様』じゃなくて『ミーティア』と呼んでって言っているでしょ?」
「でも…」
エイトは困りました。周囲の大人たちからは「きちんと『姫様』とお呼びするように」と厳しく申し付けられています。もちろんエイトはそれを守らなきゃ、と思ってはいるのです。ですが王はともかく姫と友達になってしまった今、そう呼ぶのは難しいことでした。けれどももしミーティア姫の言う通りに「ミーティア」と呼んでいるところを他の人に聞かれたら…板挟みになってエイトは小さく溜め息をつきました。
「いいでしょ?」
ミーティア姫は重ねて聞いてきます。その碧の瞳に覗き込まれ、エイトはつい、頷いてしまいました。
「…でも危なくなったらすぐ逃げてください、お願いします」
「ええ、大丈夫よ」
にっこりと笑いかけられてエイトはどぎまぎしてしまいました。でも言うべきことは言わないと、としっかりした口調で続けます。
「絶対お守りいたします。…じゃ僕、仕事に戻ります」
とは言ったものの、エイトにはミーティア姫を巻き込むつもりはありませんでした。何と言ってもこの城のお姫様です。どんな危険があるか分からないのに連れていくことはできない、とエイトは考えました。ネズミはどんな病気を持っているのか分かったものではありません。そんなネズミに噛まれたりしたら大変なことになるでしょう。
(夜になったら一人でしよう)
エイトはそう決心しました。
そうと決まれば仕事はさっさと片付けてしまおう、とばかりに掃除の手を速めます。その様子をミーティア姫は怪訝そうに見ていたのでした。









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2005.11.18〜2005.11.24 初出 2006.8.26 改定









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