二人の冒険1





『二人の冒険』





1.

「あ゛ーっ!」
ことはトロデ王の悲鳴から始まりました。
「いかがなされましたか!?」
「ワシの大切な大切なチョコレートクッキーが…噛られておる!」
慌てて飛んできた侍従の問いに目を血走らせた王が答えます。
「なんと!…この歯型はネズミでございますな。それに…」
「噛られた上にフンまでされてもうた!」
怒りのあまり持っていた杖でバシバシと手近の机を殴ります。
「お、王様、お静まりを…」
「あーあ沈んでおるとも!後でかわいい姫と一緒に食べようと取って置いたものじゃからの!
それをネズミのアホタレめ…」
「そっ、それは何とも…」
「決めたぞ」
怒りの納まらない王はぐるぐると部屋を歩き回っておりましたが、ふと立ち止まると杖を侍従に差し向けました。
「直ちに犯人、いや犯ネズミじゃな、を引っ捕らえて打ち首獄門じゃ!」
「ははっ!」
威勢よく返事して王の前を下がった侍従でしたが、内心とても困ってしまいました。どこの城にもネズミはいます。きちんと掃除して、罠を仕掛けてはいますが全部退治出来た試しがあり ません。それにどのネズミの仕業とも知れるはずないのに、命令は「つまみ食いしたネズミを捕まえて処刑しろ」です。
(仕方ない、手近なネズミを捕まえて「こいつです」と言うことにしよう)
と侍従は考えました。



しかし…生憎ネズミは罠にかかっていません。
「いやー、最近あいつらも妙に賢くなっちまってさっぱり罠にかからないんですわ」
厨房の罠を覗いた時に料理長が言いました。
「それは困ったな…」
「全くでございますよ。今朝も発酵が終わって焼くばかりのパン種の上をやつらが走ったせいで駄目になっちまったんです」
「なんと」
「ま、幸い予備があったんで王様と姫様のご朝食には間にあったんですが、こんなことが度々あったんでは…」
「それはまずいな」
厨房がネズミによって汚染されては大変です。いよいよもってネズミ退治は急務となってきました。
「しかし私も忙しい身だ、これだけに関わってはおれん。とりあえず罠の数を増やして様子を見るしかないな」
「はあ、仕方ないですね…みんながみんなトーポの様に賢くておとなしければいいんですがね」
溜め息混じりに料理長が言ったことを侍従は聞き咎めました。
「トーポとは?」
「ああ、侍従殿はご存知なかったんですか。ほら、最近住み込みで働くようになったエイトって子供がいたでしょう。その子の飼っているネズミですよ」
「ほう」
「最初は私も抵抗あったんですがね、チーズをやるとお辞儀するんです。どうやって仕込んだんでしょうねぇ」
面白そうに料理長は話していましたが、侍従は最後まで聞いていませんでした。
(エイトと言えば…あの子だな)
礼儀正しいけれど無愛想な男の子、それがエイトでした。漸く最近になって少しは会話するようになってきたものの、表情は硬くてあまり打ち解けた感じはしません。
(子供には悪いが仕方ない。大体ネズミは病気を運んできたりするのだし)
侍従はエイトについてそんなに詳しく知らなかったので、あっさりとトーポを犯人に仕立てることにしたのです。
「エイトはどこにいるんだね?」
「おや侍従殿お珍しい、エイトを気になさるなんて。
この時間は城内の廊下掃除している筈でございますよ」
「そうか。いや、時間を取らせて済まなかった。いつも美味しい料理に感謝しているよ。今後もよろしく頼む」
「ありがとうございます。その言葉が料理人の励みでございますよ」
料理長の言葉を背に侍従は厨房を後にしました。
(さて…エイトはどこだろうな)
犯人捜しなどと言う面倒から早く開放されるべく、彼は廊下を捜し始めました。トロデーン城は広く廊下も長いのですが、目的の人はあっさり見つかりました。三階の姫の部屋の前でエイ トはせっせとモップをかけています。その様子をミーティア姫が封印の間への扉の前の段差に腰掛けて見守っていました。
「エイト」
ちょっと厳しい調子で呼びかけるとエイトはびくっとして振り返り、慌てお辞儀しました。
「ちょっとおいで」
「はい。ただ今」
モップを壁に立て掛け、エイトはこちらにやって来ました。その後から姫もついて来ます。
「ポケットの中のものを出しなさい」
「は、はい」
不思議そうな顔をしながらもエイトはポケットの中身を広げました。
「あのう、何か…?」
あまり入っていないように見えたポケットの中からは意外にいろいろな物が出てきます。何かの金具の一部やすべすべした石、蜥蜴の抜け殻などの後、最後に目的のネズミがそっと置かれ ました。
(これはまたずいぶんと変わったネズミだな)
茶色の毛皮に髦のような黒っぽい毛筋は何となくヤマネの様に見えなくもありません。けれども大人の掌ぐらいの大きさに、尻尾の先のふさふさした毛が明らかに違っています。
(魔物の仔か?ますますもって怪しいな、本当に犯人かもしれん)
侍従はネズミの首根っこをむんずと掴むなりエイトに言いました。
「このネズミが王様のクッキーをつまみ食いした犯人だな」
「えっ」
目を丸くして固まったエイトでしたが、すぐに手を伸ばしてネズミを取り返そうとしました。
「ち、違います。トーポはいつも僕と一緒にいるし、つまみ食いなんてしません!」
ネズミもじたばたと手の中で暴れましたが、がっちり掴まれていては逃げられません。がっかりしたようにうなだれて抵抗を止めてしまいました。
「お願いします、返してください。僕の大切な友達なんです!」
エイトはぴょんぴょんと跳び上がり侍従の頭の上にかざされたトーポを取り返そうとしましたが、届く筈もありません。
「駄目だ。これから王様のところに連れて行って処刑する」
「ええっ」
へなへなとエイトは座り込んでしまいました。
「そんな…トーポ…」
「ちょっと待って」
黙って話を聞いていたミーティア姫が突然話に入ってきました。
「おかしいわ、そんなこと。トーポがお菓子をつまみ食いしているところを見た人がいたの?」
姫のいつにない剣幕に侍従は驚きました。
「い、いえ、そういう訳では…ですが」
「じゃあ違うかもしれないでしょ?もし違ってたらどうするの?」
そう言いながら手を差し出します。侍従がためらっていると「渡しなさい」と言うかの様に重ねて要求されました。
「申し訳ございません、姫様。これは王様のご命令でごさいまして…」
「お父様にはミーティアがお話しするわ。だからトーポをこちらに」
そう言われてしまったらどうしようもありません。渋々、といった風情でネズミをミーティア姫の手の上に乗せました。と、あっという間にネズミは姫の身体を伝い下りてエイトのポケッ トへと駆け込みます。
「どうにも怪しいと思うのですが…」
「じゃ、今すぐお父様にお話しするわ。…エイトも一緒に来て」
「はい」
エイトも初めて見るミーティア姫の剣幕にたじたじとなりながらも掃除道具を片付けて後を付いて行きました。









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2005.11.18〜2005.11.24 初出 2006.8.26 改定









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