古城




2.



「お姫様は助けてくれた勇者と結婚してめでたし、めでたし、か…」
夜が更けても賑やかなトロデーンの庭を見ながら私は一人、呟く。最初から返事なんてないものと思っていたから、答えが返ってきた時は思わず飛び上がってしまった。
「さあ、どうかな」
振り返るとワイン片手にククールが露台の手すりに寄りかかるところだった。
「なっ、何よ。びっくりしちゃったじゃない。っていうかどうしてここにいるのよ」
「それはもちろん、美女を一人にさせたくないからさ。言っただろ?『君だけを守る騎士になる』ってね」
台詞だけならいつもの台詞だったけど、その口調のどこかに何か引っ掛かるものを感じた。だけど口から出てきた返事はいつも通りだった。
「あー、はいはい。ご苦労様ですねー」
ぷい、とそっぽを向く。
「つれないなあ」
何なのよ、もう。何を言ってもいつもこんな感じでのらりくらりと逃げちゃうんだから。
「一体何の用よ。さっさと済ませてちょうだい」
どうせくだらない用事に決まっている、と思っていることを言外に滲ませながら素っ気なく言ってやった。
「くだらない…か。確かにくだらないかもな」
珍しい、と思った。普段ならなんやかんや本当にくだらない理由をつけて話しかけてくるのに、自分から「くだらない」って言うなんて。
「いや、本当に大した用事じゃないんだ。…少し飲みたいと思って、さ」
ここで「じゃ勝手に飲めば?私は戻るから」とでも言えばよかったのかもしれない。でもそれはできなかった。私自身もちょっと感傷的になっていたのかもしれない。
「ふーん。じゃ、ちょっとだけなら付き合うわよ。ちょっとだけね」
と言うと、あいつは驚いたように眼を見張った。
「な、何よ」
「…いや、何でもない」
沈黙が落ちた。ククールは何も言わずただじっと庭の方を見ている。私も無言のまま宴会の様子を眺め遣る。が、その実何も見てはいなかった。この沈黙から逃れる方法ばかり考えていた。
そのうちこの沈黙に堪えられなくなってきて、何か言わねばと口を開いた。
「本当に旅が終わっちゃったんだ」
言ってしまうと、見まいとしていた寂しい部分に気が付いてしまう。
「明日から、私、どうしたらいいんだろう。とりあえずリーザスに戻って、そして…何があるのかな」
村にいた頃は退屈だったけど、今は違う。懐かしい思いの方が先に立つ。でもその懐かしい風景の中に兄さんはいない。同じ生活には戻れない。
「弱いね、私」
ああもう、本当に弱過ぎる。何でこんなこと考えてしまうんだろう。きっと呆れられてるわ。
そう思っていたからククールの言葉は意外だった。
「泣き言なんかじゃないさ。弱くもない。誰にだって泣きたい時はあるもんだ。新しい局面に立って不安に感じない奴なんていない」
「そうかしら」
「そんなもんだよ。怖いと思う気持ちを隠せるか隠せないか、いつまでも引き摺るか切り換えて進んでいけるかの違いだって」
何だか妙に説得力がある。
「ま、院長の受け売りだけどな、これ」
「なーんだ」
ふふ、と自然に笑みが零れた。
「笑ったな。まあいいさ。実際悩んでいる人の前でよく言っていたんだ。院長が言うとすごく説得力があったなあ」
「立派な方だったのね」
懐かしげな顔をして思い出話ができるのが羨ましかった。
「…羨ましい」
思っていたことがふっと転がり出てしまった。ククールはこちらを怪訝そうな顔で見ている。
「…まだ無理だわ。何かまだ、生々しくて。いつか懐かしく語れる日がくるのかしら」
何だってこいつに兄さんのこと話しているのよ。きっと酔っているんだわ。乾杯のためにちょっと飲んだだけなのに。
「ごめん、ちょっと酔ったのかも。今のこと、忘れて」
もう部屋に戻ろう。さっさと踵を返そうとした時、二の腕を掴まれた。
「無理するなよ。泣きたい時は思い切り泣いていいんだぜ。オレの胸でいいのならいつでも貸してやる」


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2008.2.22 初出 






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