古城




3.



夜明け前、人を起こさないよう気をつけてそっと部屋の外に出た。
注意を払って扉を閉める。一息吐いて背を向けた途端、不意に胸倉を掴まれた。
「ククール」
エイトだった。
「ここはゼシカに割り振った部屋だろう。こんな時間に何してたんだ」
抑えてはいるが、本気で怒っている。
「何って…話をしていただけだぜ?外は寒いから中にいただけで」
けれどこのオレに何ができる?色男のふりして逃げるだけが取得のオレに。
が、エイトはますます締め上げてくる。
「仲間だろう、ゼシカを傷つけるな!」
「お前、何様だよ。姫様の手を握ることもできないお子様が」
エイトの言い草に怒りが湧き上がる。息も満足に吐けなかったが、睨みつけて言ってやった。
「オレには女を泣かせるくらいしかできないんだよ。それとも何か?お前がゼシカの恋人になってやれるのかよ」
「それは…」
オレの反撃にエイトは口篭った。
「そら見ろ、できないんじゃないか。だったら行かせてくれよ。オレにもプライドってものがあるんだよ」
と締め上げる手を振り払った時、背後の扉が開いた。
「うるさいわね、朝からごちゃごちゃと」
ゼシカだった。いつの間にかすっかり旅支度が整っている。
「ゼシカ」
「悪いけど、もう行くわ。いつまでもいると本当に家臣にされちゃいそうだし。王様によろしく伝えといて」
「あっ、ああ、うん…」
言うべきことを言うと、ゼシカはさっさと踵を返そうとした。まるでオレなんていなかったかのように。
「お、おい、待てよ」
「何」
素っ気なく言い返され、ぐっと言葉に詰まる。
「…用事がないのなら、そこを通して」
言葉の中に、怒りが含まれている。
「待ってくれたっていいだろ?他人じゃないんだし」
何だってオレが怒られなきゃならないんだ。理不尽なものを感じてむっとした。
が、ゼシカにはそれが馴れ馴れしく感じられたらしい。
「何よ。ちょっと一緒にいたくらいで恋人気取りな訳?馬鹿にしないで。
さあ、どくの、どかないの?」
その剣幕に推されて何も言えずに半身だけずらした時、廊下の向こうで扉の開く音がした。
「皆さん、どうなさいましたの?こんな朝早くから」
姫様だった。一見簡素に見えるがかなり手の込んだ刺繍のされた白地のガウンを羽織った姿でこちらに向かってくる。
「姫様」
隣でエイトが恭しく礼を取る。近衛兵として完璧な作法だったが、姫様はそちらに哀しげな視線を遣っただけで何も言わずにこちらを見た。
「ゼシカさん、よろしければこちらにお寄りいただけますか」
優し気な声だったが、断る隙はない。ゼシカは一瞬躊躇ったようだったが、
「ええ、お邪魔します」
とすぐに頷くとオレたちに背を向けて姫様の部屋へ消えていった。
「…もう行くよ」
扉が閉まる音を聞いた後、誰に言うともなしにそう言った。
「ああ」
力が抜けたようにエイトが言う。視線は姫様の部屋に向けられたままだった。
「気をつけて」
「ああ。じゃあな」
くるりと背を向け、後は振り返らずに歩み去った。


馬鹿な奴。あのまま部屋に踏み込んで、姫様と寝てしまえばよかったんだよ。もう心は手に入れているんだから。
それができないからオレはあれこれ回り道を繰り返し続けているというのに──


                                  4へ→

2008.2.22 初出 






トップへ  目次へ