夜半の寝覚め




さらさらとしたものが顔に触れている…この重みは一体…?
夜半を過ぎた頃、エイトは寝覚めの中で思う。
ああ、これはミーティアの身体…こんなにも優しく柔らかなものがこの世に存在したなんて…
意識が現実に戻ってくるにつれ、頭の中で像が鮮明になっていく。
仄かな灯火の影に見たミーティアは何よりも美しかった。抱き締めた華奢な身体はちょっとでも力を込めたら折れてしまいそうだった。白く透き通るような肌に添えた自分の手があまりに武骨で、申し訳ないような気持ちになったことを覚えている。
そう、できる限り優しく触れている時だった。ミーティアが身を捩って、
「…んっ…」
と声を洩らしたのだった。そんな声が出てしまったことに驚いたのか、眼を見開いて口を押さえる。初めて聞いたその声があまりに可愛らしくて、
「かわいい…」
と言ったのに、見る見るうちにその眼に涙が溜まる。
「かわいいのに…」
という呟きにも嫌々と頭を振る。よほど恥ずかしかったのか顔を背けようとしたので口づけしたら漸く落ち着いてくれたけどもうあの声は聞けなかった。自分の行為に反応してくれたことが嬉しく、もっと聞きたくて接吻を繰り返し、優しく身体をなぞる。その度に息を乱し身を震わせ、その肌をほんのり薄紅に染めていたけど、乱れる吐息の中でさえ声は洩らしてはくれなかった。
それを物足りなく思った─なぜそう思うのか分からなかったが─けど、でもミーティアが気持ちよさそうにしていたので自分も嬉しかったのを覚えている。
「男は気持ちいいだけだけど女は苦痛があるから、できるだけ気持ちよくさせてやれよ」
とククールが言っていた。でもその時は「苦痛」の意味がよく分かっていなかった…
「大丈夫よ」
とミーティアは言ってくれた。けれども固く閉じられた瞼の縁にはうっすらと涙が滲んでいたし、何より身の芯の方から震えが伝わってきて可哀想でならなかった。
なのに、とエイトは思う。辛い様子を見せたらすぐに止めようと思っていたはずだったのに止められなかった。可哀想だ、もう止めるんだ、と頭の隅で警告されていたのに初めて知る圧倒的な快楽の前に押し流されてしまった。
そう、自分が自分ではないものになってしまいそうな程の快楽!よく「酒色に溺れる」と聞くけれど、酒はともかく確かに溺れてしまいそうだった。限り無く柔らかく美しい曲線を描くミーティアの身体にいつまでも耽っていたかった。自分とは全く違っているのに身を添わせればどこまでもしっくり馴染む。こんなに近くにいるのに狂おしい程ミーティアが恋しい…
はっと我に返った時、ミーティアの上に倒れ伏していた。
「あ…ごめんね。辛い思いさせて…怖かったんじゃ…」
結局苦痛を与えてしまったという罪悪感が心に広がる。
「大丈夫よ…優しくしてくれてありがとう」
懸命に微笑もうとしていたようだったがどこか儚気で、やっぱり負担だったんだな、と思う。辛かったのは自分だったはずなのに気を使わせてしまったことが申し訳なかった。
そっとミーティアの身体に腕を廻す。一瞬身を固くされ、拒まれるのかとひやりとしたが、ミーティアも腕を廻し返してくれた。そのまま黙って抱き合っていると腕の中でミーティアが呟く。
「エイトの胸って暖かいわ…」
その一言は優しく沁み入って自信を失いそうになっていた自分の心を潤した。自分の想いを伝えることに性急で、ミーティアの想いを受け止めることが疎かになっていた。一番それを望んでいたはずだったのに。
ちゃんと愛を交わせるようになろう。自分一人の快楽に耽溺するのではなくて二人で幸せな気持ちになれるように。そうしたらあの可愛らしい声を聞かせてくれるようになるのかもしれない。
エイトは腕の中のミーティアの額に口づけた。「いい夫になれるよう頑張るよ」というつもりで。そしてその身体をしっかりと抱き直すと再び眠りの中へ落ちていった。


                                  (終)

2005.4.4 初出 






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