あの人の手




私たちは再び一緒に歩けるようになった。先日漸くエイトが近衛兵になったので、散歩の時に供をしてもらえるようになったから。
一緒に遊ぶことを禁じられて三年、今までは遠くからこっそり窺うことしかできなかった。エイトがいる事を願って厨房に降りていってみたり、部屋の前の廊下を掃除してくれている時に恋の歌をピアノで弾いてみたり、自分の想いの一端でも伝えたくて、今思い返すとかなり恥ずかしいことをしてしまったと思う。
身分という壁は辛いけれどエイトが近衛兵ならば身近にいてもらっても何の問題もない。庭を散歩する時でさえ供がいるのだから、それがエイトになっただけ。
それにしても堂々とエイトの手に触れることができるなんて。段差のあるところを通る時には、
「エイト、手を」
と手を借りることができる。手を繋ぐなんてもってのほかなのにエイトの手に手を乗せることは作法として許される。
ずっと働いてきたエイトの手は荒れている。武術の稽古をするようになってからは肉刺ができて節くれ立っている。でも私はその手が好き。世界で一番好き。暖かくて大きくて、その手に頼っていいなんて、なんて幸せなの。ほんの一瞬だけだし見詰め合うこともできないけれど、想いを伝えることができない私にとっては大切な一瞬。


三階テラスでの見張りの時もできるだけピアノの練習をするようにしている。エイトの身体にはまだ大きすぎる槍の影が窓に映る度、想いを込めてピアノを弾く。
「エイト、大好きよ…」
と。


でも浮かれてばかりはいられない。婚約者がいるのに想い人がいるなんて知られてしまえばエイトは罰せられる。きっとこの城を追放されてしまう。行く当てのないエイトがこの城を追放されてしまったらどうなってしまうの。
私が想いを抱くことでエイトが罰せられるなんてあってはならない。きっと守るわ、一番大切なあなただもの。最後まで守り通すから、この想いを…

                                            (終)


2005.3.21 初出  






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