あるメイドの一日




私はトロデーン城の蝋燭係として働いているメイドです。領主様の紹介でこちらで働くことになり故郷の村を離れて三ヶ月、ようやく慣れてきました。
最初のうちは家と比べてあまりの贅沢さにびっくりしてましたが、今ではもう、ちょっとのことでは驚きません。それでもこの城の王女様であられるミーティア姫様のお部屋に入る時だけは未だに緊張してしまいます。でも、姫様が気難しい訳ではありません。むしろ私のような下々の者にも優しくお言葉をかけてくださり、労ってくださいます。城の者なら誰でも、姫様を敬愛してました。
姫様はお父様のトロデ王さまから大変愛され、大事にされておられます。王様はご自分のことは後回しにして姫様のことを気にかけていらっしゃいました。もちろん部屋のお道具などもそうで、姫様のお部屋にはとても美しいものばかり揃っています。その一つ一つが繊細でとても壊れやすいものなのでした。私は蝋燭係なので触るのは燭台だけなんですが、銀の台座に刻まれている水の精霊の、一本一本まで丁寧に作られた髪の毛をいつか折ってしまうんではないかとびくびくしてしまいます。


そんなある日、私は各部屋の蝋燭の交換作業のためにメイド部屋を出て、いつも通り仕事に向かいました。
途中、その…知り合いに話しかけられたりしていたので姫様のお部屋に行くのが少し遅くなってしまいました。なので本当は姫様がいらっしゃらない時に作業をすることになっていたんですが、今日は作業の途中でお戻りになってしまいました。
「まあ、大変ね。こちらは気にしないでお仕事を続けてくださいね」
姫様は本当にお優しい方です。お召し替えのために一緒に入ってきた衣装係の方には睨まれてしまいましたが、お許しはいただいたので作業を続けました。
夜の間燃え続けた蝋燭はもうすっかり短くなって、燭台には蝋がこびりついています。こびりついた蝋はこそげ取り、短くなった蝋燭と一緒に回収しました。これは溶かして成型し、また蝋燭として使うのです。そういった作業をしていると背中に視線を感じました。
「楽しそうですね。何かいいことでも?」
お着替えなさった姫様がにこにこしながらこちらを見ておられました。気付かないうちに鼻歌を歌っていたようです。
「あっ、その、へえ。あっ!そのっ、すっ、すみま…申し訳ございません!」
うっかりして故郷の訛りが出てしまい、慌てて取り繕おうとして今度はメイド頭さんから厳しく言われていた言葉遣いを間違ったりともう散々です。ただもう頭を下げていると、
「お顔を上げてください」
と優しいけどきっぱりした口調でそうおっしゃいました。
「お許しくださいまし。姫様にはとんだご無礼を」
お言いつけ通り顔を上げ、恐る恐るそう言うと、
「いいのよ。つまらなそうにしているより楽しそうにしている方がこちらも嬉しいわ」
という、お優しい言葉をかけてくださいました。
「今日は忙しかったのでしょう?大変ですね」
「い、いえ、その、今日は私の都合で遅くなってしまったんでございますし…」
と言いかけてふと、あの時のことを思い出して顔が赤くなってきたのを感じました。
「まあ、どこか具合がよくないのですか?少し休まれては」
「いいえ、その、大丈夫でございます」
「でもお顔が赤いわ。熱でもおありなのでは」
心配くださってとってもありがたかったのですが、そういったことじゃないんです。どうしようかと思った挙句、結局正直に答えることにしました。だってきっと、他のメイド仲間の口から知られてしまうに決まってますし。
「あの、実は、その、今夜近衛の方とちょっと…」
やっぱりちょっと恥ずかしいので、うつむき加減になってしまいました。
「近衛の方?」
その口調に私ははっとして顔を上げました。でも目の前の姫様は前と同じくにこやかにしておられます。
「えっとその…近衛の方、というか副隊長の従卒やってる方なんですけど、里が同じでして…」
「そうですか」
さっきとは違ってすっかり穏やかな声になっておられます。
「幼馴染なの?そういった方がいらっしゃって心強いでしょうね」
「いえそんな。あんなのどうってことないでございます」
何だか変な言葉遣いになっているような気がしたんですが、それどころではありません。なのに慌ててしまって言わなくてもいいようなことまで言ってしまいました。
「姫様にはご立派な王子様が許婚でいらっしゃるんでございますもの、私どころか世界中の誰もかないっこございませんです」
メイド部屋でちょっとだけ姫様の婚約者だというサザンビークの王子様の姿絵を見たことがあります。金髪の巻き毛に青い眼、すらりと伸びた手足のまさに絵に描いたような王子様でした。あれを見た後ではいくら欲目で見ても誰だって霞んでしまいます。
「…」
一瞬困ったような顔をなさったような気がしましたが、すぐにこやかにおっしゃいました。
「それは楽しみでしょうね。楽しんでいらしてね」
「お、恐れ入ります」
そのお言葉をしおに、仕事の済んだ私は一礼して部屋を出たのでした。


部屋を出た後で私はちょっと考え込みました。
さっきのあれは何だったのでしょう。あんな素敵な王子様がお気に召さないなんてありえないですし、私の頭ではさっぱり分かりません。自慢じゃないですが、里にいる時からずっと、
「お前は思ったことはぱっと口に出してしまうし、ちょっと難しいことがあるとすぐ考えるのをやめてしまう」
と親に言われ続けてきました。お城に来て一生懸命悪いところを直そうとしてたんですけど、悪い頭で考えたってどうしようもないし、って思ってしまって。
ま、下々の者があれこれ考えても仕方ないです。もしかしたら姫様も照れくさかったのかもしれないですし。
それにしても羨ましいです、あんなに素敵な王子様なんですもの。お美しい姫様と並んだところを早く見たいものです。


                                            (終)


2007.10.25 初出  






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