雪柳の花





船を手に入れたあっしらは一路、ヤツが渡ったという西の大陸へと向かいやした。
途中アレコレ寄り道しては手強い魔物に痛い目に遭わされつつも、狭い海峡を抜けて何とか西の大陸に辿り着いたんでがす。
それにしても強かったでげすねえ。陸のやつらみてえに動きが予測つかねえでげすよ。さっきの海竜なんて、いきなり目潰ししてきやがった。おかげで目がまだチカチカしてるでげす。
「ここで泊めてくれるってさ。長い船旅だったし、今日は早目に休まないか」
他はもちろん、兄貴の言葉にいつも先を急ぎたがるゼシカの姉ちゃんさえも賛成し、今日はこの海辺の教会で宿をとることになったんでげした。ここの連中は案外親切で、兄貴が交渉するとどう見ても魔物面のおっさんもちゃんと人間用の寝床に寝られるらしいんがす。
その時の兄貴の言葉が、
「親の因果が子に報い…」
とかどこかで聞いたような見世物小屋の呼び込み風だったことはおっさんには内緒でげすよ。パルミドで覚えっちまったんでげしょうねえ。あそこはあっしの故郷でげすし、居心地も最高なんでがすが兄貴に変な言葉を覚えさせちまったのは申し訳ねえでげす。
その兄貴でげすが、宿で寛ぎもせずにさっさと外に出ていっちまったんでがす。きっと馬姫さまの世話でもしに行ったんでげしょう。さすがでがす。
これはあっしも見習わねえと。兄貴一人を働かせるなんて兄弟仁義に欠けるってもんでがす。あっしも外に出ることにしやした。


教会の前辺りにでもいるかと思っていたんでげすが、空の馬車だけが置いてあって二人ともいなかったんでがす。
きょろきょろと見回していると、向こうの丘の上に馬姫さまが立っているのが見えやした。首を差し伸べて、何か地面のものを見ているようでがす。でもエイトの兄貴はどこにも見えねえでげした。
「あに…」
大声で兄貴を呼ぼうとして止まったのはあっしの運の強さでげしょう。馬姫さまの鼻先辺りに兄貴の赤いバンダナが起き上がりかけ、それを馬姫さまが地面に押し戻したのが見えたんでがす。諦めたのか、もうバンダナはこちらから見えやせんでした。
ふー、あぶねえあぶねえ。お二人の邪魔をちしまうところでげした。厳しい旅でがす、たまには息抜きもしねえと。馬姫さまもそこのところはちゃんと分かっているんでげしょう。
振り返ると馬姫さまが近くの茂みに鼻を突っ込んで、揺らしているでがす。ほろほろと白いユキヤナギの花が兄貴の上に降りかかっておりやした。こちらからは手だけがそれを振り払うでもなく振っているのが見えるだけでげした。


時折思うんでがすよ。馬姫さまが呪われっちまったのは気の毒でがすが、兄貴にとってはそっちの方が自由に一緒にいられるんでねえかとね。ま、絶対うんとは言わねえでげしょうが。
「主君が呪われて苦しんでおいでなのに、僕一人が楽しめる訳がないじゃないか」
ってね。そういうところが兄貴の兄貴たるゆえんなんでげしょうが、無理は身体の毒でがすよ。こういう時ぐらい色々ぶっちぎっちまってもいいんでねえのかってのはあっしの考えが浅いんでげしょうか。
そんなことを考えながら教会に戻ると、トロデのおっさんが慌てたようにこっちへ走ってきやした。
「おい、エイトはどこじゃ。奴の行方が掴めたぞい。こうしてはおれん、すぐ出発じゃ!」
顔色なんて普通の緑から青緑になっていたでがす。ま、見分けられるようになったのはやっぱり慣れちまったんでげしょうねえ。
「分かったよ。今探してくるぜ」
気は進まねえが他の奴らに見つかってあれこれ言われるよりはあっしが行った方がましでげしょう。
兄貴の秘密は守るでげすよ──


                                          (終)



2007.5.12 初出




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