鎧とアイリス





鎧とアイリス




あれ、どこ行ったんだろう。
朝起きたらもういなかったんだよね。いつもなら隣にいて「おはよう」って言ってくれるのに。
何かあったんだろうか。こんなに早くに行かなきゃいけない程のことが。
急いで着替えて捜しに行こうとしたんだけど、ミーティアはすぐ隣の部屋―─ピアノが置いてある部屋だ―─にいた。
「あっ、おはよう、エイト。ごめんなさい、起こしてしまったかしら?」
「おはよう、ミーティア。いや、そんなことはないんだけど…でも何してるの?」
見ると部屋の中には何か部品のような物が散乱している。
「あれ、これって…僕の鎧じゃない?」
完全にばらばらになっていたけど、これって試練で貰った竜神の鎧だ。でも何でこんな状態になっているんだろう。
「ご、ごめんなさい!」
慌てたミーティアがぱっと口を覆った。
「別に悪いことしてた訳じゃないんだし、いいんだけど…でも何で?教えてよ」
できるだけ優しく言うと漸く、
「あのね…」
と話してくれた。
「あのね、もう随分長い間この鎧の手入れしてないでしょ?だからやってみようと思って出したの。そしたら紐が解けてしまって」
「ミーティアがそんなことしなくてもいいのに…それにちゃんと時々手入れしてるんだよ」
「まあ、そうだったの…」
まずい、余計がっかりさせてしまった。どどどどうしよう。
「あっ、ででもさ、しばらく手入れしてなかったし、ちょうどよかったよ。ありがとう」
嬉しかったのは本当だった。そう言うとミーティアはとても嬉しそうな顔をしてくれた。
「ありがとう、そう言ってくれて」
「うん。じゃ、片付けようか」
「ええ。そうしましょう。紐を解いたら全部ばらばらになってしまって」
「あ、これね。僕も最初は分からなくて苦労したんだよね」
竜神の鎧は普通の鎧とは構造が全く違っている。うっかり適当に紐を解くと大変なことになってしまう。ちょうど今みたいに。
「えっと、ここを結んでっと…こうかな」
「こっちとこっちが繋がっていたような気がするわ」
苦心の末、鎧は漸く元通りになった。
「ふーっ、やれやれ」
「本当にごめんなさい、エイト」
「本当にいいってば…あ、じゃ、キス一回」
どさくさに紛れてキスしてしまえ。
「エイトったら!」
そう言いつつも小鳥が啄むようにちょんと口づけしてくれた。
「そうだわ」
不意に僕の腕の中でぱちんと手を叩いた。
「何?」
「あのね、せっかく組み立てられたのだから、飾ったらどうかしら?ほら、廊下に飾ってあるでしょ?」
口づけを中断してまで言うことかなあ。
「飾っては駄目?だってよく見てみたいのですもの」
そう言われるとこっちとしては「飾らないと」という気になる。
「しょうがないなあ」
まあいいか。ミーティアの喜ぶ顔を見られるんだったら。
「じゃあそこのテーブルの上に座らせるか、これ」
「上の花瓶を片付けるわね」

           ※          ※          ※

「できたわ!」
朝食前なのに何やってるんだろう、僕たち。それでもこうやって飾ると結構見栄えするようにも思える。
「でも何か変じゃない?これ」
普通の鎧見慣れていると、この鎧は何だか違和感がある。それにこの部屋にそぐわないことと言ったら…
「そうかしら?ミーティアはそうは思わないけれど」
そう言いながらミーティアは除けておいた花瓶を鎧の足元に置いた。そこには早咲きのアイリスが飾られている。
「あら、これいい感じだわ」
剣のような葉や花の感じが悪くない、かも。花のことなんてさっぱり分からないからはっきり言えないんだけどさ。
「エイトもそう思う?」
ミーティアはにっこりすると、
「せっかくですし、今日はこのまま飾っておきましょう」
なんて言う。何か変なような気はするんだけど、結構苦労したし、いいかな。
「あっ、そうだ。朝食行かなきゃ」
「そうだったわ、すっかり忘れてたわ」
そうやって僕たちは朝食に行ったんだけど…
その後掃除に入ったメイドさんを驚かしてしまったらしいんだよね。無理もないか、だって扉を開けたら変な鎧がこっち向いていたんだから。でもそんな絶叫される程じゃないと思うんだけどなあ。それで騒ぎになって、後でこってり絞られたよ。やれやれ。


                                                   (終)




2006.5.5 初出 2007.2.2 改定、改題(端午の節句inトロデーンより)









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