禁書





漸く図書館に辿り着いた。
思えばあの夜、あの方と…ミーティアと別れた後に図書館横の扉から中に入って、内側から鍵を掛けてしまったのが苦労の元だった。あんなことしなければ苦もなくここに入ることができたのに。でもあれは、きっと自分の心の疚しさからきた行為。後ろ手に鍵を下ろしながら、あの時の僕は踏み入ってはならない領域へ入りかけたことに戦いていた。今まですっかり忘れていたけど、今こうして本棚の間を通るとあの時の感覚が甦る。
それにしてもここに来るまでが大変だった。城内を確認しようとあちこち寄り道したのもあるけど、崩れた柱や倒れた彫像で通路は塞がれ、絡み付く茨によってあちこちの扉は固く閉ざされていて回り道を余儀無くされる。十年もこの城にいた筈だったのに、まるで初めて入る迷宮のようだった。
「兄貴、大丈夫でがすか?」
ヤンガスが心配して声を掛けてくれた。
「うん。ただ、あまりにも感じが変わってしまっててさ…」
「そうよね…」
背後で呟いたのはゼシカだ。
「ああ、ここに来ること自体は初めてよ。でもお父様から聞いていたの。トロデーン城は千年以上もこの地にそびえ立ち、優雅で華麗な姿をしておりながら威容を示し続けているって」
「よく知っているね」
「アルバート家はトロデーンから封土を賜っている、ということになっているから。トロデ王が即位した時はお父様も封土の儀式のためにここに来たらしいわ」
「それが一瞬でこれか」
「…うん」
ククールの言葉に頷く。
「許せねえ…許せねえでげす!兄貴のお家をこんなにするなんて!」
「こりゃ、ここはワシの城じゃぞ!」
あちらでヤンガスと王様が口喧嘩している。でも言われるまでもない。この旅は城の全てを元通りにするために始まった。それが例えこの大きな城を一瞬のうちに廃虚となさしめるような強大な魔力の持ち主と対峙することであったとしても。でも倒しさえすれば呪いは解ける。この城も、あの方も、皆元に戻すことができる。ドルマゲスに呪いを解く意志がないのならその一命を以て償わせるまで。そのために僕たちはここに戻ってきたんだ。感傷に浸ってはいられない。
意識を本棚の方に向ける。トロデーンは錬金に力を入れており、特に先代トロデーン王は名人だったとかで図書館の蔵書もその関係のものが多い。
「おっ、この本懐かしいな」
ククールが一冊の本を手に取った。
「オレの記憶が間違っていなければ、マイエラの写字室で作られたもんだぜ、これ」
「へえ、そうなんだ」
「お布施以外の収入では写本が一番実入りがよかったからな。写字は修行の一環で僧侶がやってて雇わなくてもいいだろ?絵の描ける奴や、古代語から現代語への翻訳ができる奴もいたし。製本もやっていたんだ」
そうだよなあ、一字一字人の手で写していくしかないんだよなあ。そう思うとかつてミーティアと一緒に本の余白に落書きしてしまったこと、申し訳ない。
「それにしてもたくさんあるのね。これは探すのも大変だわ」
「あるとしたら旅行記とか地誌の棚かな。あ、でも…」
と僕は図書館入り口─今は茨によって破壊されている─の方を見た。
「あそこにあったらどうしよう」
そこはかつて、前に司書が座って厳しく貸し出しが制限されていた禁書の棚。ずっと昔、
「おもしろそうな題の本があるな」
と何の気無しに司書さんに頼んで取って貰おうとしたら、
「えー、うぉっふぉん、その本の貸し出しは禁じられておる」
と眼鏡の奥からじろりと睨まれてしまった。
「んじゃ、こっちは?」
僕も負けずに食い下がったんだけど、
「そっちもまだ駄目じゃ。難し過ぎる」
「辞書を引きながら読むよ」
「字が難しいのではない。内容が難しいのじゃ。お前さんの頭はそこまで理解できる程成長しておらん。そんなことよりほれ、外で遊んでおいで」
と追い払われてしまった。あの後、兵士になる訓練を受け始めて本をじっくり読む暇なんてますますなくなっていったから、すっかり忘れていた。
それにしてもあの本棚はカウンターの周りに倒れ込んだ柱や絡み付く茨で、今もなお僕たちの接近を拒んでいる。
「どれどれ」
ククールがそう言ってカウンター越しに本棚を覗き込んだ。
「…『反魂術のすべて』あー、こりゃ確かに禁書モノだな。その隣は…『黒死病、その猛威』必要以上に挿し絵がグロかったな。…『教会史』ん?何でだろう?弾圧されていた時代の記述がまずかったのかな。それと…ぷぷぷっ、『愛の宴』あー、名高い詩人の手によるエロ詩集か」
「あんた随分片寄った読書をしていたのね」
一々題を読み上げて内容をかいつまんで話してくれるククールにゼシカが呆れたような声を出す。
「修道院は依頼さえあればどんな本でも写していたからな。ま、一応見習いにある者はそういった類の物は読んではいかん、とは言われていたけど、実際は読み放題だったし」
成る程、そういう理由があったのか。
「『異端審問』そりゃそうだ。『長寿の秘訣』あのぶっとんだ方法で若さを保つやつか。未だかつて成功した話を聞かないアレだな」
「一人で納得してるとは人が悪いぜ」
「ああ、ヤンガスならいいか。…ごにょごにょ…」
「…ハレンチでがす!ハレンチでがすよ!」
「そう怒るなって。文句は書いた奴に言ってくれ。んでその隣はと…ああ、何っつーか恋愛物だな」
「あら、きっと素敵なロマンスよ」
「いーや、夢を打ち砕いて悪いが、目の毒、耳の毒な話だぜ。さすがのオレでも口にするのも憚られる」
「…」
それは禁書かも。でも何でこんな本まであるんだか。
「歴史のある場所だとどうしても自然に溜ってくるもんだしな。さて、後は…まあそういった話とか黒魔術関連の話だ、な。…ん?」
「何かあった?」
「いや…解剖学の本があったから。あれは別にまずくないだろうと思ってさ。医者にとっては必要なものだろうに」
「そうだよね。…まあいいや、ありがとう、ククール。じゃ、きっと他の棚だね」
「薄暗くなってきたし、早く探しましょう」
随分ここの本を読んだと思っていたけど、まだまだ読んでない本があったんだな。しかし口に出すのも憚られるってどんな内容なんだろう。
「エイト、にやにやしとらんでさっさと探さんかい」
…集中、集中っと。
探していた本に辿り着くまで後少しだった。


                                    (終)




2005.11.17 初出 2007.1.23 改定









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