夕日の丘
午後の光が木々の隙間から差し込んでいました。
秋も深まり木立の中の地面にはたくさんの落ち葉が散り敷いています。梢にはただ、ブナの木のやや茶色くなった葉ばかりが残っていました。
「…」
そんな木々の隙間から覘く空をミーティア姫が見上げておりました。そして何かを思い出したかのようにくすりと笑うと地上に視線を戻し、城の方を見遣りました。
(エイトはまだかしら)
今日はエイトと一緒ではありませんでした。本当は一緒に城を出ようとしたのですが、エイトは呼び止められて庭の掃除を手伝わなければならなくなってしまったのです。
「すぐ終わらせるよ。先行ってて」
そう言われて先にこの丘に来たのですが…
今朝はかなり強い風が吹きました。城の庭の木々も大分葉を落としたようです。おまけに昼前に少し雨が降りましたので、落ち葉を集めるのに苦労していることでしょう。
「ぬれた落ち葉ってさ、すっごくめんどうなんだ。あちこちくっつくし、重いし」
エイトはそんなことを言っていたように思います。
(戻った方がいいのかしら)
姫はちょっと悲しい気持ちで考えました。そう言えばこの頃とみにそういうことが増えたような気がします。それだけ働き手としてエイトが重宝されているということなのでしょう。それはとてもいいことなのですが、何か寂しく感じられたのでした。
(もう戻りましょう)
色々物思ううち、時間が随分経っていたようです。日が傾きつつあることに気付きました。赤みを帯びた夕方の光に、ブナの梢の葉が金色に輝いております。
さく、と落ち葉を踏みしめ歩き出そうとした時でした。
「おーい」
丘のふもとでエイトが手を振ってこちらへ上ってきます。
「エイト!」
手を振り返しミーティア姫も丘を駆け下ります。濡れた落ち葉に足を取られそうになりつつ下る姫と急坂を上るエイトは丘の中腹で落ち合いました。
「ごめんね、意外に時間かかっちゃったよ」
「ううん、いいの」
二人は並んで行くともなしに丘の上に向かって歩き出しました。
「あっ、あそこでスライムがお昼寝してるよ」
「どこ?…あっ、ほんと。親子かしら?かわいいわ」
そんな他愛のない会話がどうして楽しいのでしょう。取り立てて珍しいことでもないのに面白く感じてしまうのはどうしてなのでしょう。
(エイトが一緒にいるからかしら?)
「そうかも」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
自分の考えたことに対して口に出して納得してしまったことが恥ずかしくて姫は急いで首を横に振りました。
「そう?」
とエイトが言った後、はっと立ち止まりました。
「どうしたの?」
「もう日、暮れちゃうね」
視線の先、太陽が海を金色に染めています。
「そうね…」
もう城に戻らなければなりません。エイトには仕事があるのです。それに二人とも夜の森の怖さは身に沁みて知っておりました。
「戻ろっか」
その言葉はもっともでしたが、姫は頷くことができませんでした。
「ミーティア?」
「あのね」
ここで頷いて城に帰ってしまったらもうエイトと一緒にいられなくなってしまうような気がします。そんなことはないのに、と思ってみても空しいことでした。
「どうしたの?」
こちらを覗き込むエイトに何故か涙が零れそうになりました。それを堪えて一生懸命笑いかけます。が、それも辛くてただ真剣な顔になっていました。
「エイト、あのね」
「うん」
いつもと違う様子にエイトの顔を真面目になります。
「…ずっとずっとお友達でいてね、エイト」
その言葉にエイトは押し黙りました。ただミーティア姫の顔を見詰めています。その姿にもしかしたら言うべきではなかったのか、と不安になり始めた頃、漸く口が開かれました。
「うん、ずっと友達でいるよ、ミーティア」
瞬間、心が震えたように感じたのは何故だったのでしょう。エイトの言葉があまりにも真直ぐ心に差し込んで、すぐさま口を開くこともできませんでした。
「…ありがとう。ミーティアも、ずっとエイトのお友達でいるわ」
「うん」
いつの間にか二人は手を取り合っていました。固く強く、いつまでも友情を続かせるかのように。
「…戻ろっか」
「ええ」
ひんやりとした風にエイトが先に我に返ったようです。遠い空の彼方で太陽が最後の光芒を放っておりました。
「日が暮れるの、早くなったね」
「ほんとね。もうすぐ冬ね」
もういつもの二人でした。駆け足で丘を下り、城へと帰って行きます。
冬はもうすぐそこまで来ていました。
(終)
2006.11.8 初出
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