ある錬金術士の日記(抄録)



○月○日

今日付けで私はトロデーンに錬金術士として雇われることとなった。ほとんど無給で、食事と寝床が支給されるだけなのだが、それでもあの錬金釜を使って自由に研究できるということは破格のことだ。
この城に仕官するに当たり、この紙束を渡された。見出した錬金のレシピは勿論、失敗した物も全て、私が行った実験は遺漏なく書き記せとのことである。
それだけのこと、と思う者もあるかもしれないが、私はこのことによりより一層研究の道への思いを深くした。記録を残すことは基本中の基本である。
思えばただほんの僅かな怠惰によって失われたレシピのいかに多いことか。私はそのような


△月○日

何たることだ!突然凄まじい衝撃に襲われたと思ったら、数ヶ月もの月日が経っていたとは。
どうやらあの衝撃は城全体に呪いがかかった時のものらしい。辛うじて難を逃れた王様と姫様、そして一人の近衛兵がその呪いを解くために奔走なさったとか。
それにしても呪いごときに我が学究の道を邪魔されるとは!これは明日から気合を入れて研究に励まねばならぬ。


△月△日

再び何たることだ!私の与り知らぬところで研究が先を越されてしまっていた。それも一介の近衛兵に。
あの呪いを免れた王様と姫様とその例の近衛兵が錬金釜を持ち出して、旅の合間に色々作っていたようなのだ。そのうち賢者の石を作り出したらしい。
賢者の石と言えば、錬金に携わる者なら誰しも一度はこの手で作り出したいと願う代物である。古代にはその製法が伝えられていたらしいのだが、失われて久しい。
先程現物を見せてもらった。近くに寄るだけで漲る元気、確かにこれは本物のようだ。悔しいが、己の敗北を認めざるを得ない。


△月×日

例の近衛兵(近々近衛隊長になるらしい。メイドの噂)が我々の実験室にやってきて、しばらく歓談していった。
初めてその近衛兵の顔を見たのだが、随分若い。私と十歳も違わないだろう。とても呪いを打ち破った者とは思えないが、愛用の剣でその辺に転がっていた錬金素材用の鉄剣を斬ってみせてくれた以上、信じざるを得ない。
近衛兵は気さくにエイトと名乗り(一介の錬金術士と近衛兵とは生活の場が違うのだから、面識がなくて当たり前だ)、旅の合間に書き留めたという錬金のノートを見せてくれた。それを彼は、
「皆さんの研究に役立ててください」
と惜しげもなく寄付するという。何とありがたいことだろう。


△月※日

あのノートは中々興味深い。錬金が上手く行く組み合わせには一定の法則があるようだ。


△月□日

「お前は武器類の錬金にいいひらめきがある。より精進せい」
との言葉を長からいただいた。ありがたいことである。
どうも人により得手不得手があるらしく、熟練していくにつれそれぞれが得意な分野のみを作るようになっていくようだ。隣の者など毛むくじゃらの大男でありながら、天人の羽衣もかくやというような繊細で美しい装束を作り出す。外見は関係ないらしい。
かく言う私も、武器を扱うには貧弱な身体つきである。


×月○日

かねてより私もその中の一人として工夫を凝らしてきた「軽くて丈夫でありながら費用を抑えて作ることができる剣」が完成した。
早速軍にその由伝えたところ、近衛隊長殿直々にこちらにきて試し斬りをしてくれた。昇進したてで張り切っているようだ。
が、張り切りすぎたのかハリボテ人形を粉々にしてしまい、工作兵に怒られていた。


×月△日

今日は王女殿下がこの室にお出ましになり、色々ご覧になられて現在進められている研究についてご下問になられた。我々の研究にお眼を留めてくださり、まことに光栄である。
惜しむらくはもう数週間のうちにサザンビーク王家へ嫁がれるため、トロデーンをお離れになられることである。


※月○日

何と、姫様がお戻りになられた!
正直なところ、婚約相手だったというサザンビークの王子はよく言ってボンクラで(メイドたちの噂)、とても王女殿下のお相手にふさわしいとは言えない方だったらしいので、この展開にはほっとしたと言っても過言ではないだろう。
さらに驚くべきことには、近衛隊長殿が王女殿下と結婚されることになるという。大っぴらには言えないが、どうやら近衛隊長殿は正しく先代サザンビーク王の血を引く生まれであるとのこと。政治向のことであまり大きな声では言えないらしい。
ともあれ、正式な婚礼を挙げるにはいくつか越えなければならない問題もあるため、現時点では婚約という形を取り、追々改めて式を行うことになるとのこと。


※月△日

昨日の今日で、早速陛下から勅が下された。
「一致団結してよき品々を参らせよ」
とのことである。非常に多岐に渡るご下命ではあるが、恐らくは今まで以上の装束や武具などを式までに作れという命令であろうと長は解釈している。
時間はあるようなので(各地の領主との折衝が面倒らしい。筆記官の話)よりよい物を作り出すべく、努力は惜しまぬつもりだ。
なお、近衛隊長殿は婚礼の準備のため、今朝故郷へと出立なさった。


※月※日

全く眼の回るような忙しさだ。だが、どの者の顔も明るく楽しげであり、疲れは感じない。
隣席の同僚がまた実に美しい姫様のための衣装を作り出し、陛下からお褒めの言葉を賜った。が、その直後殿下から、
「それに対になるような男物の礼服もお願いします」
と言われ、頭を抱えていた。奴は男物が苦手らしい。
私も儀式にふさわしい、豪華で美しい武器を作らねば。


※月□日

当の本人がいないことには衣装合わせもままならない、ということで衣装の件は一時止まっている。が、おおよその方針は決まった。エイト殿は近衛兵であることから、武官の大礼服を基本としてそれに変更を加えていくことになるらしい。
こちらはというと、若干手詰まり気味である。仕方なく何がしかの手がかりを求めてエイト殿のノートを見直しているところだ。やはり大変参考になる。
が、どうにも解せないのが何かのレシピを書き込んだ後に、黒く塗り潰された箇所が一つあることである。一体何が書かれ、そして何故消されたのだろう。


□月○日

エイト殿が竜神族の里から戻られた。早く例の懸案を片付けなければ。
だが、糸口は見えたような気がしている。明日からその方法を試してみることとする。


□月△日

一回で作ろうとするからうまく行かないようだ。二、三回に分けて錬金することが肝要であると思われる。


□月×日

ついに完成した!随分苦労させられたが、これぞと言える武具ができあがって大変嬉しい。
その旨申し上げたところ、是非見たいので練兵場まで持って来て欲しい、とのこと。早速布に包んで参上した。
意外なことに王女殿下もその場においでになり、お二方にお目にかけることとなった。
エイト殿は私を覚えていてくださったらしく、あの剣についてのその後の使い勝手のことなど話してくださり、今回の件を労ってくださった。姫様とも仲睦まじく、こんなことを言っては不敬に当たるのかもしれないが、大層似合いの一組である。
布を取るあの瞬間、何と誇らしい気持ちだっただろう!
「まあ、何と美しい剣でしょう。ね、エイト」
姫様はそう仰ったが、エイト殿は呆気に取られたかのように鞘の飾りに眼を留めたまま、何も言わない。
「…これは」
長い沈黙の後そう聞かれたので、この剣についての説明を求められていると思い、説明申し上げた。
「世継ぎの婿君にして世界を救った勇者にふさわしい、豪華にして威厳のある剣を、と思いまして作製いたしました。
プラチナソードに金塊を用いて強さと華麗さを出し、スライムの冠にて装飾いたしました剣、名付けてキングソードでございます!」
が、エイト殿は私の言葉を聞くなり頭を抱え込んでしまった。
「エイト?どうしたの?大丈夫?」
と姫様がご心配なさったが、
「金塊…金塊ね…スライムの冠…はは、やっぱりやっちゃうものなのか…」
とそのようなことをぶつぶつ繰り返すばかり。
漸く顔を上げ、
「ご苦労でした。後でお礼の品を届けます」
とだけ言い置いて、心配そうな姫様と一緒に若干よろよろしながら練兵場を出て行かれた。
エイト殿の反応は解せないが、自分の仕事には満足している。


□月※日

今朝早く、近衛の制服を着た男に叩き起こされた。
「貴殿の仕事に感謝し礼としてこれを与え、新たな任務を命じる、との隊長のお言葉である。速やかに任務に当たられよ」
寝ぼけ眼を擦りながら見ると、大鎌のようである。
「スライムの冠三つと、金塊三つを持ち帰るように。なお、慣れるまでは隊長のご友人であるヤンガス殿がご指導くださることになっている」
近衛兵に急かされながら着替え、ささやかな抵抗を試みた。
「私は武器など扱ったことはないのだが」
「何、そのうち慣れる」
と近衛兵は素っ気無い。
「ひたすらその鎌で獲物を狩り続けるだけだ。大したことではない」
あっさりそんなことを言われてしまった。
「場所もよく分からないのだが…」
「隊長殿の郷里だ。私が呪文で送ることになっているから安心しろ」
何だ?何かまずかったのか?とにかく近衛兵が急かしてくるのでこれを書いたら出立する。


この日記はここで終わっている。
なお、報告によれば彼は現在、スライムの冠二つと金塊一つを集めたようだ。


                               トロデーン王室図書部蔵書 印


                                          (終)



2009.10.8 初出




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