流行り物




僕たちはお忍びで各地を旅していた。もちろん身分が知れないように変装している。僕はまあ、以前のような格好をすればいいだけだし、妙に落ち着かない絹物のさわさわした感触がなくて、むしろ気楽だ。でもミーティアはどうなんだろう。着慣れない硬い布地が痛かったりしないだろうか。
「まあ、かわいいわ。ミーティアも一度こういう服を着てみたかったの」
…杞憂だったみたいだ。ゼシカから借りた服を着て、鏡の前ではしゃいでいる。
「よかった、気に入ってくださって」
ゼシカが嬉しそうに鏡の後ろからミーティアに微笑みかける。
一緒にあんな大変な旅をしてはいるけど、彼女だっていいところのお嬢様だ。庶民の服よりも格段にいいものを持っている。本人は、
「動きにくくて嫌」
と割合簡素な普段着を好んでいるみたいだけど、布地はかなりいいもののようだし。
「髪型も変えておいた方がいいわね。念のため」
念入りな変装には訳がある。今いる場所はベルガラック、サザンビーク領は目と鼻の先だ。よりによってトロデーンの王族がそんな場所で遊んでいたとなったら、色々面倒なことになる。用心のためにヤンガスとゼシカ─ククールはなぜか連絡がとれなかった─とこの街で合流し、カジノや感じのいいレストランで食事でもして楽しもうということにした。ミーティアも二人に会えると聞いてとても喜んでくれたし。
そんなことを考えながら、ゼシカがミーティアの髪をリボンを使って結っているのを眺めていると、
「あーにきー!」
あの体型からは思いもよらない程身軽にヤンガスが階段を上がってきた。
「様子を見てきたんでげすがね、変な奴はいなかったでがす。外に出ても大丈夫でがすよ」
「ありがとう、ヤンガス。助かるよ。
じゃあ、行こうか」

           ※           ※           ※

ベルガラックはカジノの街だ。世界中の国々からたくさんの人がやってきては楽しい一時を過ごし、去っていく。カジノばかりではなく食事や宿、その他諸々のことにたくさんのお金を落としていくので、それを当て込んで大道芸人や行商人がやってきては珍しい品物や芸を売るのだった。
「あっ、エイト!あの方すごいわ。火の点いた棒を投げたり受けたりしているなんて!」
「まあ、綺麗なお花。初めて見たわ」
初めて見る珍しいものにミーティアは興奮状態だ。トラペッタはそこそこの街だったけど、お祭りの時以外は静かでこんなに雑多で活気に溢れてはいなかったし、旅の間はいつも街の外で待っているだけだったから、無理もないだろう。それに僕だってそうだった。凶暴な魔物が減ったおかげで人や物の往来が楽になり、あの頃よりももっと活気に満ち溢れている。
「午前中は街の中を見て歩きましょうよ。カジノは逃げたりなんかしないし」
「そうでがす。カジノは夕方からの方が面白いでがすし」
「そうだね」
「ええ、そうしましょう」
二人の意見に頷いた時だった。
数人の女の子たちがきゃあきゃあ言いながら僕たちを追い越して、路地の奥へと走っていく。その女の子たちとすれ違うように、同じ歳くらいの女の子たちが袋を抱えて路地から出てきた。皆、頬を染めて嬉しそうだ。
「…何かしら」
「前に来た時はあんなの見たことなかったわよね」
「若い娘っ子に随分人気あるようでがすねえ」
皆で首を捻っていると、ミーティアが路地の奥にあるらしい店の小さな看板を見つけた。
「あっ、あれのことかしら?」
指差す先にある立て看板にはこう書かれてあった。

「カリスマぷりん♪」

四人で顔を見合わせるとしばらく無言だった。
「…何か誰かを彷彿とさせるような看板ね」
ゼシカがまず口を開いた。
「…何か嫌な予感がするんだけど」
「兄貴、ここは見ないふりでがす!」
ヤンガスの言葉に皆頷き、全員の意見が一致した。怪訝な顔をしているミーティアを連れてその場から立ち去ろうとした途端、
「よう、よく来たな」
聞き覚えのある声と共に背後からがっちり肩を掴まれた。
「誰だったかな」
素っ気なく答えたが、ミーティアは違っていたようだ。
「まあ、ククールさん。こんなところでお会いできて嬉しいわ」
旅の仲間に偶然出会ったことを喜んでいたけど、どうにも怪しい。
「これは姫様、ご機嫌麗しゅうございます。そのように質素なお姿でもなお、お美しい」
僕の目から見ても完璧な一礼と共に歯の浮くような台詞で手を取ろうとする。それをさり気なく、でも断固として阻止すべく身体を割り込ませながら相対した。
「何やってんの、こんなところで」
「ああ、あれだよあれ」
とククールが顎をしゃくった。その先には例の看板が立っている。
「院長が甘い物好きでさ、小さい頃はオレもよく一緒におやつ食べたりしていたんだ。小銭稼ぎに魔物狩りするのも飽きたし、こういうのも楽しいかなって。かわいい女の子の笑顔も見れて一石二鳥だぜ」
得々としゃべるククールを僕たちは胡散臭げに見ていた。その中でも一際冷たい視線を向けていたのがゼシカだった。
「…何よ、この店の名前」
「何って…ぴったりだろ?カリスマイケメン騎士のオレが作るプリンなんだから。そのまま名前にしたんだよ」
「『ぷりん♪』って何よ。普通に書きなさいよ」
「かわいいじゃんか。受けいいんだぞ」
「…どうする」
不毛とも言える遣り取りの後、ゼシカが呆れ果てた様子で僕たちの方を見た。何だか雲行きがおかしくなってきたし、ここは退散するとしよう。怒ったゼシカが辺り構わず呪文ぶっ放したりしたら大変だし。
「ふうん、そうなんだ。じゃ、他にも用事あるしこれで」
口早にそう言って戻ろうとすると、また引止められた。
「つれないなあ。オレのプリン食べてったっていいだろ?」
「あーはいはい、分かったよ。じゃ、四つね」
長くなりそうだったので、仕方なくそう言ってやると途端に嬉しそうな顔になり、
「まいどー」
と用意していたらしいプリンをそれぞれに配った。
「ふうん、まあまあに見えるわね」
「あら、美味しそう」
女の子二人が嬉しそうにしているので、まあいいかなと思った時、ククールが営業用の笑顔で付け足した。
「まいどー、四つで400Gでございます」
「はあ?」
「高っ」
思わずヤンガスと二人顔を見合わせてしまった。手にしているプリンが目に入り、突っ返してやろうかと思った。でももうこれ以上の面倒はうんざりだ。
「何だよその値段。…分かったよ、払えばいいんだろう、払えば」
仕方なくお代(それもぼったくりもいいところだ)を払い、今度こそ、と踵を返しかけた時だった。
「騙されたと思って食べてみろよ、それ、本当に美味いからさ。何せ食感はあのぱ──」
「ラリホーっ!」
際どいところでゼシカの呪文が響き渡る。腰から外したムチでククールを手際よく縛り上げると、
「責任持って片付けてくるわ」
と眠りこけるククールの襟首を引っ掴んでどこかへ引き摺っていった。
「大丈夫かしら」
ミーティアが首を傾げる。
「大丈夫でねえと思うでげす…」
ぼそっとヤンガスが呟いた。
「とっ、とりあえずここを離れよう。人が集まってきちゃったし」
と二人を急き立ててその場から立ち去った。

           ※           ※           ※

後でゼシカが戻ってきた時に、それとなく何をしたのか聞いてみた。
「あら、そんな酷いことはしてないわ。呪文も使ってないし」
と澄まして答えるゼシカだったけど、何やら満足気な顔をしている。
「今頃はもう、お店に戻っている筈よ」
…何だか怪しい。でも深く追求もできずにいると、例の路地から情けない悲鳴が聞こえてきた。
「あの声、ククールさんじゃないかしら?」
とミーティアが言ったその時、ククールが鬼の形相でこちらへ走ってきた。
「おい!お前らだろ、こんな落書きしたの!」
くるりと背を向けると、ご自慢の赤い服の背中には黒インクでくっきり、
「バカリスマ」
とでかでかと書かれていたのだった。


                                             (終)




2007.8.8 初出









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