南の島にて





トロデーンを遠く離れて私たちは古代船の甲板で潮風を受けていた。
「もうすぐ着くよ」
へさきで舵をとるエイトの声も弾んでいる。
冒険の間何度も繰り返された光景、でも大きな違い。私は呪いの解けた人の姿で、そして私たち二人きりの船旅。
「本当に地図に載ってないのね。そんな島があったなんて」
「そう。だから僕たち二人の島だよ」
振り返るあの人の顔は嬉しそう。
「小さな砂浜があったんだ。泳げないミーティアのために特訓するからね」
そう悪戯っぽく笑うと、「さあ、早く着替えて」と急かす。
「あっ、あれを着るの?」
「もちろんだよ。ドレス汚れちゃうよ」
昨日の夜遅く、こっそり部屋に持ってきてくれた包みの中には魔法のビキニが入っていた。そういえば冒険中にゼシカさんも着ていたような。それで思いついたのかしら。
「でもミーティアは」
「絶対かわいいよ、着てね。着替え終わったら見せてね」
…押し切られてしまった。
仕方なく船室に入ってビキニを着てみたけど…んんん、何かが足りない。せっかく瞳の色に合わせてくれたみたいなのに、胸元のボリュームが…それにこのパレオ何でこんなに短いのかしら…もう少し長かったらいいのに…
これは…出ていったらがっかりするんじゃないかしら?でも代わりになるような服は持ってきていないし…
「島に着いたよー。早くおいでよー!」
甲板からの呼び声に促され恐る恐る甲板への扉を開き、顔を出した。
「あっ、着てくれたんだね。見せて見せて」
そう言うと無理矢理外に引き出されてしまった。
「よかった、すごくかわいいよ」
よかった、とても嬉しそうな顔をしている。でも改めて彼の前に立つと水着の大きさがとても頼りない。
「ほんと?」
「うん、とってもかわいい。…」
「どうしたの?」
首を傾げたエイトの様子にまた不安が湧き上がる。
「ちょっと目をつぶってて」
何かしら、とどきどきしながら目をつぶると、耳元に何かいい匂いのものが差し込まれた。
「…花?」
「うん。これで完璧」
そうにっこり笑いかけられ、「着替えて来るから先に浜辺に降りていて」と言い残して船室の扉が閉った。
私は耳元の花に触れながら砂浜へと降りた。裸足で踏む砂は温かで、とても心地よい。波打ち際に立つと波に足を掠われそうな気がした。波は穏やかに打ち寄せ、南国の陽光がきらきらと反射した。
「お待たせ」
振り返るとエイトも水着で立っていた。
「あっ、あのね、向こうの方で何かが光ったの」
「魚かな?見にいってみようか」
「ええ」
本当は光ったものはいなかった。ただ、細身だと思っていたエイトが意外にがっちりしていて、その鎖骨から胸板につながるあたりを見た時、どきどきして何か自分が恥ずかしくなってしまって、話を逸らしてしまっただけ。
「最初は水に顔をつけて目を開けるところからね」
こちらのどきどきに気付いたのか気付かないのか楽しそうにエイトは話す。一緒について行くと水は腰のあたりまでの深さになった。
「痛くないかしら」
「全然。海の中がみえてとってもきれいだよ」
本当かしら?そう思いながら息を詰め、顔を水につけて恐る恐る目を開くと──
「!」
目の前にはお城の宝物庫で見たアクアマリンのように青く透明な世界が広がっていた。足下を小魚たちがすり抜けていく。真っ白な砂の向こうには岩場が始まっていて、色鮮やかな珊瑚と、魚たちの泳ぐ姿が見えた。
「きれいだろ?」
これを見せたかったんだ、というエイトの言葉に心から頷いた。
「早く泳げるようになりたいわ。あの珊瑚の中を泳げたらどんなにすてきでしょう」
顔を上げてそう言うとエイトは笑った。
「僕もそう思ったんだ。ミーティアと一緒にこの海を泳げたらどんなに楽しいかって」

             ※           ※           ※

日が傾き空は茜色に染まる。泳ぎ疲れた私たちは二人並んで砂浜に座っていた。なぜかしら今日はエイトがいつもより近くに座っているような気がして恥ずかしいようなそれでいて離れがたいような気持ちがした。
「きれいな夕日ね。こんな風にエイトと過ごせる日が来るなんて思ってなかったわ」
「…うん」
何か言いた気な様子だったので次の言葉を待った。
「もしあの時…僕が傍にいたらって旅の間考えていたんだ。旅を続ける中で、僕には呪いがかからないって知って、僕が盾になっていればミーティアも王様も呪いにかからずに済んだだろうって」
辛そうにそう言うと、私の顔を覗き込んだ。真剣な眼差しだった。
「サヴェッラでの夜に気付いたんだ。もう二度とミーティアを失いたくないって。…ミーティア、僕と一緒に生きてくださいますか」
幸せな感覚が身の内を駆け巡る。あまりに幸せ過ぎて涙が一粒、こぼれた。
「…待っていたの、ずっと。その言葉が聞きたかったの。…一緒に歩いていくわ。だってエイトが一緒なんですもの」
「ミーティア…」
あの人の右腕が肩にまわる。引き寄せられるのを感じて私は瞳を閉じ──


昼と夜の狭間で、私たちは覚え立ての子供のように何度もくちづけを交わしあった。


                                    (終)




2005.1.11 初出 2007.2.1 改題









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