花束の約束




本当によかった。この形で決着がついて。
私は今、トロデーン城に来ている。前に来た時はエイトは暗い顔してるし、ミーティア姫様は今にも泣き出しそうで、見ているこっちまで辛かった。
実はあの時、エイトが来る前に話してたの。姫様と。

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「ねえ、本当にそれでいいの?」
「国と国とのお約束ですもの。私個人の意思でどうなるものでもありませんわ」
そう言ってピアノを弾き続ける。弾いている曲も悲しいのに音までも涙を零すよう。
「自分の幸せは大事じゃないの?」
「トロデーンとサザンビーク両国の平和の方がもっと大切ですから」
そういう考えは正しいのかもしれないけど人としてどうなんだろう、って思う。
大体こんなことになる前にトロデ王がなんとかしてやればよかったのに。あれから数ヶ月も時間あったんだから。エイトだって「主人だから」とか言ってないで言いたいこと言っちゃえばいいのにって腹が立ったのよね。

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なーんて思っていたのは昔の話。
今日はトロデーン城でやり直しの結婚式。私は「何か借り物」のためにアルバート家に伝わる髪飾りを持って早く来たの。
姫様の部屋に直接飾りを持って行くとそこは準備の真っ最中だった。
「大切な物を貸していただいて本当に感謝いたしますわ」
準備の手を止めて出迎えてくれた。
「いいの、使う予定もないし。ホコリ被っているより使ってもらった方が髪飾りも嬉しいんじゃないかと思って」
飾りをメイドさんに渡して部屋の中を見渡す。ドレスやらスカートをふんわりさせるためのパニエやらがずらりと並ぶ様は壮観だった。
「ゼシカさんのおかげでみな揃ったんですもの、本当にありがとう」
そう、何か新しい物、何か古い物、何か借りた物、何か青い物の四つを身につけた花嫁は幸せになるという言い伝えがあるの。
新しい物は簡単なんだけどその他の三つが意外に難しい。借り物かな、一番厄介な物って。
「古い物は?」
「お母様の結婚式の時の首飾りとイヤリングのセットよ」
確かにちょっと古めかしい感じの宝石が準備されている。
「じゃ青い物は?」
「パニエのリボンとそこに載っているそれなの」
指差す先に鏡台の上に式で使うブーケが載っていた。レースとリボンで飾られた花嫁が手に持つ花束。
「素敵なブーケね」
「まあ、嬉しいわ。どうもありがとう」
白い花の中に青の矢車草が入った花束はとてもかわいらしい感じ。これが「何か青い物」ね。
でも見ているうちにちょっと変なことに気付いた。
「こう言っては何なんだけど…この花束、ちょっと地味なんじゃない?だってこの国の王女様の結婚式でしょ。もっとこう薔薇とか百合がいっぱい入った豪華な花束の方がよかったと思うんだけど」
シロツメクサを基調としたその花束はかわいらしかったけど、やっぱり地味な感じだった。薔薇も入ってはいたけど少ないし。普通の人の結婚式だってこれよりはもう少し華やかな花束なのに。
「うふふ、そうかもしれないわね」
姫様は意味ありげに微笑んだ。
「でもこれでいいの。エイトと二人でこれにしようって決めたのよ」
…何かあるの?そっか、二人とも幼なじみだもんね。何か特別な思い出があるんだろうな。
幼なじみかぁ。運悪く同い年くらいの子って村にいなかったのよね。いてもお母様が遊ばせてくれなかったと思う。だから結局お兄様としか遊べなかったかも。
だから旅に出て初めて同世代の友達ができて楽しかったのよ。いろいろ辛いこともあったし、旅に出たいきさつも悲しい出来事だったけど、これだけは断言できる。旅に出てよかったって。
「じゃ、式を楽しみにしているわ」
準備の進まなさにでメイドさんたちがいらいらし始める前に部屋を出た。もう一人の当事者にも会っておきたかったし。


エイトはもう着替えていた。赤いバンダナしてないと何か変な感じだわ。で、既にヤンガスとククールが来ていて何か深刻そうに話をしていた。
「エイト、結婚おめでとう。
二人とも早かったのね。何話してたの?」
と声をかけると三人とも飛び上がった。
「やややややあゼシカ、早かったね。そう言えばお願いしてた物持って来てくれたんだって?どうもありがとう」
「げっ、ゼシカの姉ちゃんいつの間に!」
「よよ、よう、ゼシカ。久しぶりだな」
「三人とも変よ。悪いことでも企んでいたんじゃないの?」
と何の気無しに言ったらエイトは俯いてしまった。あら、悪いこと言ったかしら?でもあからさまに変だったし。
「それはだな、初心者に正しいしょ」
「ククール!」
ククールの言葉を遮るようにエイトが叫ぶ。
「…ゼシカ、式まで時間あるし、お茶でも飲んで寛いでてよ」
いつものエイトと違ってかなり強引に話を打ち切り、私を隣の部屋に連れ出した。
「なによ、何の話してたのよ」
「ごめん、男同士の内輪話。問題が起こったとかそういうことじゃないから気にしないで」
気になるわよ、そんな言い方されると。でも深刻な問題じゃないならまあいいかしら。
「じゃ僕は先に行かなきゃならないから、また後で」
お茶が運ばれてくるとエイトはそう言ってそそくさと部屋を出て行ってしまった。仕方なく私はお茶を飲んだり─すごくおいしいお茶だったわ─部屋の鏡でドレスを直したりしてたの。
そうこうしているうちに式の時間になった。私たち三人は連れ立って式場へ下りて行った。だけど隣でヤンガスとククールがやけににやにやしている。気持ち悪いんですけど。
「絶対何か企んでいるでしょ」
「何でもないって。オレはただエイトとミーティア姫様の幸せな結婚生活をだな…」
「ほっ、ほら着いたでがすよ」
…はぐらかされた?まあ後で追及してやるからいいわ。


式は玉座の間を設えて行われる。私たちも式場に入ったのでそれらしい神妙な顔つきになった。
もうすぐ式が始まる。旅で出会った懐かしい人々が座っている中、私たちも席に着いた。

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式は無事終わり、二人が腕を組んで出て行った後、私たちも何となく外に出たの。そうしたら噴水のところに並んで何か話していた。うん、やっぱりお似合いだわ、この二人って。
「あっ、みんな。今日は本当にありがとう」
私たちに気付いてエイトが手を振る。
「いい式だったわ。呼んでくれてどうもありがとう」
そう言うと二人は顔を見合わせちょっとだけ見詰め合った。
「違うよね」
「ええ、違うと思うわ」
「みんながいてくれたからいい式になったんだよ」
そう言うエイトの隣で姫様が頷く。いい雰囲気よね、やっぱりこうでなくっちゃ。
いつの間にか庭は式場から出て来た人たちで一杯になっていた。二人はまた何か話し込む。と、私たちを含めた参列者に向かって呼び掛けた。
「本日は私たちのためにおいでくださいましてありがとうございました。
ささやかですが幸せのおすそ分けです」
「どうぞ独身の皆さん集まってください」
もしかしてブーケを投げて受け取った人が云々、っていうアレ?
「ほれ、ゼシカ、おぬしもおいで」
トロデ王が手招きしている。
「せっかくだし行って来たらどうだ?」
「そうでがす。ゼシカの姉ちゃんも楽しんでくるといいでがすよ」
ヤンガスとククールが私を前へと押しやる。
「ちょっと押さないでよ」
…もう!仕方ないわね。
メイドさん方や他の独身の方と混じって並ぶ。まあ周りの人たちに言われたってこともあったし、こんなにたくさん人がいたんじゃまぐれでも来る訳ないしと思ったのよね。
「…」
ふとエイトと目が合った。エイトは私に向かってにこっとするとミーティア姫様に何事か囁く。
「…」
姫様も嬉しそうに頷いて何か答える。ふふーんだ、ここまでは届かないわよ。花束ですもの。
だけどブーケは真っ直ぐ私の元へて飛んできて手の中に納まった。
『次の幸せはゼシカさんに』
…最初から狙っていたのね。
「おっ、次はゼシカか。花婿にはこのオ」
「メラゾー…」
「わーっ、やめるでがす!」
「…やめた。素敵な式を台なしにしたくないわ」
うん、今日ぐらいは大目に見てあげる。いつか先のあたしの素敵な式を台なしにされたら困るものね。
「さあ、祝宴じゃ!トロデーン一の料理長が腕を奮ったご馳走じゃぞ」
あちらからトロデ王が私たちを呼んでいる。


                                          (終)



2005.5.21 初出


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