トロデーンのメイドさんの語る





トロデーンのメイドさんの語る





私はトロデーン国の王女様でいらっしゃるミーティア様にお仕えするメイドでございます。
姫様にお仕えしてはや十年、姫様は私どものような下々の者にも大層よくして下さり、様々なことをご相談くださいました。
お母上を早くに亡くされてしまわれた姫様を王様は大層慈しまれておいででした。出来る限り姫様のお相手をなさっておいででしたが、一国を預かる身ではそうそう時間もございません。
私もお相手するように申し遣っておりましたが、メイドとしての仕事もございましたので、姫様はいつもお一人でピアノを弾いていらっしゃるばかりでございました。
そんなお淋しい日々を過ごされておいでの姫様でございましたが、お城に同じ年頃の少年が働くようになってからはすっかり変わられました。
子供同士のこと、あっという間に仲良くなられて毎日姫様の輝くような笑い声が城内に響くようになったのでございます。城の者もお二方をほほえましく見守っておりました。
ですがそのような日々は長くは続きません。姫様が十二歳を過ぎた辺りから、その少年−エイトと遊ばぬよう、教育係が眼を光らせるようになったのでございます。
何と言っても姫様は許婚者がいらっしゃる身、間違いの起こらぬようにという配慮だったのでございましょう。ですがそのような隔てを置くことがお二方に自分の気持ちを気付かせることになったのは皮肉なことでございました。
ある時、エイトが兵士として働くべく訓練を受けていると聞き及んだ姫様は、すぐに王様にエイトを近衛兵にして欲しいと願い出られました。
姫様を掌中の珠のように慈しまれておいでの王様でございましたが、さすがにこの願いを叶えることは躊躇なさいました。近衛兵は貴族の子弟がなるもの、身寄りのないエイトでは、とお考えになったのでございます。 ですが姫様も根気よくご説得を繰り返され、ついに十五歳の時エイトは近衛兵として召し上げられたのでございます。
近衛兵として働くことになったその日、エイトは謁見の間で王様と姫様にご挨拶申し上げることになっておりました。私も僭越ながら姫様付きとして側に従っておりました。
姫様が玉座に着かれた時、「はっ」と息を飲む気配が感じられました。いつも粗末な服だったエイトが近衛兵の甲冑を身に纏い、控えていたのでございます。
凛々しいその姿から気品すら感じられ、私ですらふと見とれてしまうほどでございましたので、姫様にはいかほどでございましたでしょう。姫様の頬がほんのり染まったように感じられました。
エイトは顔を上げ、王様と姫様に挨拶申し上げます。が、何としたことでございましょう、その視線は姫様に真っ直ぐに注がれておりました。
「…王様と姫様をこの身に換えてもお守り申し上げます」
エイトの言葉は明らかに姫様ただ一人に向けられておりました。姫様も気付かれて、「ありがとう、よろしくお願いします」という言葉が震えておいででございました。
その日から姫様の外出時には必ずエイトが付き従うようになったのでございます。かつてのようにとまではいかなくとも、お二方は行動を共にされるようになられたのでした。


先日ついにサザンビークから姫様へ正式なご結婚の申し込みがございました。
姫様は意外なほど冷静にその話を伺っておいででございましたが、その頃から元気を無くされたように思われます。外出時もエイトの都合が合わないとかで一緒に出かけることも叶わなくなってしまわれました。
時々姫様は部屋の前のテラスから庭を見ていらっしゃいます。せめて遠目なりとエイトの姿を追っていらっしゃるのでしょう。
部屋に戻られた姫様は、ため息をつかれて物悲しいご様子なので、
「もうご覧にならない方がよろしいのでは」
と申し上げたのでございますが、
「でも見ずにはいられないのよ」
とのお返事でございました。
今宵、星を見るために部屋をお出でになられた折、サザンビークから届いた婚約者の肖像に目を遣り、低く呟かれたのを耳にしました。
「…この方がエイトだったらよかったのに」
…おいたわしいことでございます。


                                               (終)




2005.1.15 初出









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