肖像画の方




遠い記憶の中で、一人の女性が揺り椅子に身を沈め暖炉の炎を眺め遣っている。
あの方は、私のお祖母様。お若い頃は黒髪の、それはお美しい方だったそうで、たくさんの吟遊詩人が競って詩を捧げたとか。
あの時はもう年老いて黒髪も銀色に変わり、顔には深い皺が刻まれている。あの姿は確か亡くなられる一月程前だったと思う。お祖母様は他の方とお話しなさることはほとんどなかったけれど、私だけはよく部屋に呼んでくださり、色々なお話を聞かせてくださった。ほら、揺り椅子の前には四歳の私が座り込んで毛糸玉で遊んでいる。
やがてそれに飽きた私はお祖母様の膝に乗るだろう。そしてレースの襟飾りの下にひっそりと忍ばされた銀色のロケットに興味を示したはず。
お祖母様は微笑まれて─今思えば悲し気だった─ロケットを開き、中を見せてくれながら昔語りをしてくれたのだった。

        *            *            *

私が若い頃、そうね、ミーティアが生まれるよりもずっとずっと前にサヴェッラにお参りに行ったことがあるのです。サヴェッラは知っているでしょう?そう、法皇様のいらっしゃるところ。 サヴェッラの大聖堂へは長い階段を昇らなければならないのです。誰であっても自分で昇っていくの。なのにその時おしゃれしたくて踵(かかと)の高いダンスの時に履くような靴だったものだからすぐ疲れてしまったのね。
しばらく休んでいるうちにお父様、ミーティアにはひいお祖父様ですね、とは離れてしまって周りにはお付きの人しかいなくなってしまったのです。それで急いで追いかけようとしたら靴が脱げてしまったのですよ。
あ、と声をあげた時にはもう靴はサヴェッラの門まで転がり落ちていました。慌てて侍女たちが追いかけましたが、先に一人の青年が靴を拾い上げてくださったのです。
それがこの肖像の方なのですよ。

       *            *            *

そうお祖母様は仰ってロケットの中の小さな肖像画を見せてくださった。細かくてよく分からなかったけれど、亜麻色の髪に涼やかな目もとが印象的な人に思えた。
「すてきなひと!」
って私は言ったと思う。するとお祖母様は本当に嬉しそうに微笑まれて、
「ええ、本当に素敵な人だったのよ」
と仰ったのだった。
今思えばその方はエイトにちょっと似ていたの。だから後でエイトに出会った時に『どこかで会ったことがあったかしら?』と思ったんだっけ。


お祖母様が亡くなられた後、その肖像画の方について周りの方からまるで何かの物語のようにして聞かされた。その青年はサザンビークの王子だったこと。お互いに一目で恋に落ちられたこと。けれどもその頃トロデーンとサザンビークはとても仲が悪く、お二人は泣く泣く別れたこと。ただ一人のお世継ぎだったお祖母様はしかたなく婿を迎え、お父様を産んだこと。
そして最近になって聞かされた、お二人が別れる時、
「いつか必ず二人の血を一つにしよう」
と誓われたことを。子供が生まれたら、その子供たちを結婚させようって。けれども子供の代では叶わず、私の代に持ち越されたのだと。
お祖母様、お気の毒な方。過去の中に留まられて今を見ようとはなさらなかった。私にも想う人があるかもしれないとは決して思い遣ってはくださらなかった。ただご自分の悲しみの中に閉じ籠って叶わぬ恋を悔いるばかりの日々を送っていらっしゃった。
そのお気持ちは分かる、よく分かるの。でも…
けれど、生まれる前から定められた婚約者がいなくても…きっと叶わない。私には王家に生まれた者としての義務があるから。それにもうすぐ近衛兵に昇格するとはいえ、あの人はただの兵士。認めてなんかもらえない。
自分の想い人と自由に結ばれる人が羨ましい。エイトと手に手を取り合ってどこかへ行ってしまえたらいいのに!


似ているのなら我慢できるかしら?
…エイトに…似ているのなら…
                                      (終)




2005.5.7 初出 








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