明日への標




4.



「兄貴―!」
午前の仕事を終え、さて今日は外でピクニック気分の昼食だ、先に行って準備しておこうと城門を出たところにヤンガスが駆け込んできた。
「やあヤンガス。どうしたの、そんなに急いで。ゼシカが来てるから一緒に外で昼にするところなんだけど、一緒にどう?」
「あ、ありがとうございやす、兄貴」
息を切らしながら背負っていた大きな袋をどんとばかりに下ろした。
「ふぎゃ」
情けない声を上げ、袋がもぞっと動く。
「しゃ、しゃべった?!」
「つっ、捕まえたんでがす」
「捕まえた…ククールか!」
思いがけない言葉に飛び上がりかける。
「そうでがす。いやー、苦労したでげすよ」
「分かった。ありがとうヤンガス。本当に助かったよ。ちょっと魔封じの杖持ってくるから見張ってて」
「合点でがす!」
呪文は封じておかないと、また奴に逃げられてしまう。急いで錬金の研究のために貸していた杖を取ってくると、ミーティアとゼシカが既に合流していた。
「鞭と呪文とどっちがいい」
なんて物騒な質問を袋に向かって投げかけている。
「ふがふがふがーっ!」
呪文を唱えられないよう猿轡でもされているのだろう、袋の中から必死な叫び声がした。
「ゼシカ、消し炭にするのは止めてくれよ。まずは責任取られなきゃならないんだから」
「そうだったわね」
しれっとした顔でそう答えると、僕が渡した杖を突きつけて呪文を封じる。袋の口を開けるとげっそり顔のククールが転がり出た。
「まあ、ククールさん、大丈夫かしら?何だかとても具合悪そうよ」
「魚の塩漬けの入っていた袋でがす。気持ち悪くもなるでげすよ」
自業自得と言わんばかりのヤンガスが猿轡を外してやる。
「おい」
水を与えると、漸く顔色が戻ってきた。
「…何て奴だ。酒場で寛いでいたらいきなり後ろから猿轡されてあの袋だぜ」
気障な仕草で前髪をかき上げたけど、いかんせん生臭い臭いが漂っている。
「仕方ねえだろ。てめえが逃げるからいけねえんだ」
「ククールさん、どうして夜中にいらっしゃってあの子を置いていかれたの?昼間いらっしゃったらちゃんとお預かりしましたのに」
ミーティアの言葉をきっかけに僕とヤンガスとゼシカの三人でククールを包囲する。
「何の説明もなかったせいで大迷惑だったんだぞ」
「いやそのことについては悪かった。だけどあの時時間なくて」
「あんなに世話になっときながら兄貴に迷惑かけるなんて男の風上にも置けねえ」
文句を言う僕とヤンガスとは対照的に、ゼシカは何も言わない。ただ黙ってククールを睨みつけているだけなんだけど、それがまた怖い。
「本当にすまなかった。逃げも隠れもしないから、そこら辺のことを話させてくれ」
「…分かった」
甘いかなとは思ったけど、事情を知ることの方が先だ。
「全部話してくれ。隠し立てせず、全部」

            ※              ※              ※

あの子供と出会ったのは、もう調べがついてるとは思うが、ゴルドだった。どうにもならないことは分かっていたんだが、やっぱり気になることがあってあの場所に足を向け、宿屋の隅で膝抱えて小さくなっていたあの子を見つけたんだ。というより、あの子の方がオレを見つけた。
「パパ?」
ってな。そうしたら宿の主がすっとんできて、あれよあれよと言う間に押し付けられちまった。放り出しもせず養ってやっていたらしいが、宿賃はしっかり請求してきやがった。おかげでしばらく魔物狩りの日々だったぜ。

            ※              ※              ※

「ちょっと待った!まず確認しておきたいんだけど、あの子、本当にククールの子じゃないって断言できるんだね?」
「ああ。日頃の行いがアレだから信じてもらえないかも知れねえが、それだけは誓ってもいい。『行為一瞬、後悔一生』がオレの座右の銘だ。その辺はいつも抜かりない」

            ※              ※              ※

それでまとわりついてくる子供を放り出して逃げる訳にも行かず、旅をせざるを得なくなったってことだ。宿の主人からあの子が置き去りになった状況を聞いて、あの時に巻き込まれたなとは見当付いたんだが、肝心の母親が偽名で泊まっていやがったんだよ。どこの誰だか分かりゃしねえ。
そんな時だ。とある酒場で聖堂騎士団の奴を見かけたんだよ。それも法王就任式の時の警備担当でオレも知っている奴。そいつに式に参加していた連中の名簿を見せてもらおうと思ったんだ。が、子連れではいかにもまずい。年齢から言ってオレが騎士団にいた頃にできた子になっちまうし、そっちの方面にはお堅い奴だったからな。
            ※              ※              ※

「それで僕に押し付けた訳か」
「押し付ける気はなかったんだが、結果的にそうなっちまったな。すまなかった」
「もっと早く相談にいらっしゃれば協力しましたのに」
「本当にそうしておけばよかったと後悔しております、姫」

            ※              ※              ※

不測の事態で子連れになっちまったことはうまく隠し通して、奴からあの時ゴルドに招待されていた連中の名簿を手に入れることができた。たくさん酒を奢らされたがな。
一人で参加した奴は関係ない。一族郎党引き連れて全員の名を堂々と書いている奴もだ。探すのは二人で来ていて片方の名しか書いていない奴だ。女を偽名で泊まらせておくような奴が連れの名前を堂々と書くとは思えない。女の方も後ろ暗い立場なんだろうと見当つけてさ。
この時に一回トロデーンに戻って子供を引き取ろうと思った。が、よく考えたら子連れでそういった場所を訪ね歩くのはいかにもまずいってことに思い当たったんだ。訳ありっぽい子供を連れて相手の男の家に乗り込んでみろ、門前払いならいい方でそのままお家騒動に巻き込まれる可能性だってある。それで一人で様子見して当たりをつけることにした。
            ※              ※              ※

「結構いただろ、そういう名前不明の奴を連れた客」
「うん?ああ、そうだ。一件一件虱潰しにやっていったらこんなに時間かかっちまったんだ。でもヤンガス、どうしてそれを?」
「パルミドの情報屋から聞いたんだよ。赤い服の男が嗅ぎ回っているってな」
「情報屋…そうか!最初から聞いてみりゃこんなに苦労せずに済んだんだな」
「で、見つかったの?」

            ※              ※              ※

ああ、見つかった。本妻のいる貴族の妾とか、僧籍にある奴の隠し妻だったらどうしようかと思っていたんだが、そこまでヤバイ女じゃなくて助かったぜ。
あの子の父親は某侯爵家の総領息子で(と、南の大陸に伝わる家名を挙げた)、色んな女をつまみ食いしているような銀髪の女たらしだった。あの子の母親もその中の一人だったんだが、そのうちあの子を身篭ったんだ。男にちょっといいところがあったとするなら、子供を産んだ女を見捨てたりせずに小綺麗な家を与えて暮らし向きの面倒は見てやっていたってところかな。
侯爵家の当主である両親は息子の女遊びが激しいことは分かっていて仕方なく眼を瞑っていたが、さすがに子供が生まれていたことまでは知らなかったらしい。遊びは遊びとして決められている許婚と早く結婚するようにせっついていたんだ。息子は息子で自由を失いたくないもんだから縁談から逃げているうち、体調を崩していた当主の名代としてゴルドへ行くことになったんだ。ここはオレの推測だが、ちょっとしたご機嫌取りであの子の母親を連れて行くことにしたんじゃないのかな。身分が違うから子供は認知できるが女は妻にすることは絶対にできないし。
それであの災害に巻き込まれ、今に至った訳だ。

            ※              ※              ※

「ふーん」
所々で突っ込みを入れつつもククールの長い話が終わり、僕は考え込んでしまった。
「じゃあその方のご両親、っていうか〜候はあの子の存在を知らない訳?」
とりあえず頭に浮かんだ疑問から問い質す。
「ああ。女性関係はある程度把握していたらしいんだが、子供の存在は隠し通していたらしい。跡取りの息子を亡くしてついにお家断絶かと嘆き暮らしていたらしいんだが、あの子がいることを教えてやったら喜んで引き取る気でいたよ」
と言いつつも、ククールは浮かない顔をした。
「何か不都合でもあるのですか?」
ミーティアもそれに気付いて心配そうな顔になった。
「いや…あの子にはいい後見が付くだろうけど、生まれが庶子だ、色々差別されるだろうし年頃になったら結局政略結婚させられちまうのかな、って思ってさ」
「うーん…」
確かにそうだ。衣食住に不足のない、むしろ庶民とは比べ物にならない贅沢な暮らしができるだろうけど、その分制約も多いだろう。一見自由に生きているようなゼシカだって政略結婚の話がどんどん入ってくるのだから。
「あっしにはどうして迷っているのか分からねえでがすよ」
と、そこへヤンガスが話に入ってきた。
「ゼシカの姉ちゃんはいいとこのお嬢で、ククールは教会育ち、その前は箱入りのぼんぼんだ。兄貴は苦労なさっているでがすが、それでも王宮暮らしで明日の生活があったでげしょう。あっしのように道端で寝て、明日のことじゃねえ、今日一日どうやってやり過ごすかばかり考えてみなせえ。真人間になんてなろうったってなれっこねえでがすよ。
政略結婚がなんだってんだ、その時がきたらそんなもんぶっちぎっちまえばいいんでがす」
「…そうだね」
一々重く心に響いた。ヤンガスが真っ当な生活がしたいと願ってきたことを知っていたから余計に。
「ヤンガスの言う通りだ。今は安心して帰っていける場所を作ってやることの方が先だと思う。先々のことはその時が来たら考えればいい」
それこそ政略結婚をぶっちぎった僕が言うのも何だけど、考えたことを素直に言ったら皆頷いてくれた。ミーティアがゼシカに何か耳打ちする。と、ゼシカが大きく頷いた。
「今日連れて行くというのは忙しないし、先方の準備が整ってからの方がいいかな。お別れの会もしてやりたいし」
「そうね。一月近くここに居たのですもの、何かしてあげたいわ。お父様も色々仰りながらもあの子をお気に入りでしたもの」
ミーティアの何気ない一言に驚く。
「えっ、そうなの!?知らなかったよ。そんな素振り全然見せなかったしさ」
「お父様付きのメイドさんから聞いたのよ。『こっそりおもちゃを作らせておいででした』って」
それであの子の部屋の物がいつの間にか増えていたのか!
「あの子には妙に人好きするところがあるでげすしねえ。ドワーフ呼ばわりさえしなければ、でがすが」
ヤンガスが苦笑いした。
「確かにな。それに将来は間違いなく美女だ」
ククールがうんうんと頷く。その様が妙に気に障った。
「あ、そうそう。トロデーンではあの子、ククールの隠し子説と自分好みに育てるためにどこかから攫って来た子って説のどっちかってことになってるから」
「何だそりゃ!」
「何それ!」
ちょっと苛めてやれ、と思って言ったことにゼシカまでが反応した。
「ちょっと、あんな小さい子にまで手を出すなんて、どういうこと?!信じられない、本当に見境なしね!」
「ぐ、ぐるじい…」
絞め殺さんばかりの勢いで喰ってかかっている。でも手加減しないと本当にまずいぞ。
「…放っておくでがす」
ぼそっとヤンガスが呟いた。
「そういえば毎度のことだしね」
旅の間何度も繰り返された光景を思い出し、気の抜けた返事をする。
「先に行きましょう。あんまりあの子を待たせてはかわいそう」
「そうだね」
三人で頷きあい、
「先行くからねー」
と喧嘩中の二人に向かって言うと(聞こえた風は全くなかった)、丘の上へと足を向けた。
しばらくは坂を上ることに専念していたが、不意にミーティアが口を開いた。
「あのね、エイト」
「何?」
ミーティアはせっせと足を運びつつ、息を整えながら思いがけないことを言った。
「昨日の孤児院のことだけれど、ククールさんに院長をお願いしてはどうかしら」
「え!」
「子供の気持ち、分かる方だと思うの。だって、似ていたとは言え初対面の子供が懐いた訳でしょう。それにエイトの言うように言葉遣いがきちんとできる方ですもの。実際に子守をすることは近隣の子育てに慣れた方を雇うとして」
「どうかな…」
突飛過ぎる提案に思えて首を捻ると、逆にヤンガスは深く頷いた。
「いや、案外上手く行くかも知れねえでがす。あっしには難しいことは分からねえが、すかした顔しやがる割には面倒見はいい奴でげすよ」
「…そんなものなのかなあ」
他の人って色んな目線で人を見ているもんなんだなあ。かっこつけでちょっと間抜けで、熱血。そんな風にククールを見ていたから。
「おもしろいね、色んな考え方があって」
僕たちに気付いた子供が丘の上で手を振っている。
「行きましょう」
近付いていくと、駆けてきて僕の膝に抱きついた。
「ゼシカおねーたんは?」
もう懐いているようだ。
「向こうでお話ししているよ。呼びに行きたい?」
「うんっ!」
子供は元気いっぱいで答えて丘を下りかけたが、はたと立ち止まると戻ってきた。
「どうしたの?」
ぷうと頬を膨らませつつ、子供は答えた。
「…いいの。まってる」
何かあったのか?と振り返ったけど、立ち木の陰になってよく見えない。
「先に食べていましょう。話さなければならないことも多いでしょうし」
素知らぬ顔でそんな含みのあることを言われると気になるじゃないか。
「…何か隠してるでしょ」
「隠してなんかいないわ。ただ、先のことは分からないから言わないだけ」
「またそう思わせぶりなことを」
「あっしには」
と言い合う僕たちにヤンガスが割り込んできた。
「昼飯が旨そうだってことだけは分かるでがすよ」
「そうだったね。食べていようか」
「わーい、いただきまーしゅ!」
肉入りパイを一心に食べる子供は、とても幸せそうだ。あと数日、トロデーンで過ごしたら新しい明日が待っていることなど知らずに。
繰り返される毎日は同じようでいて、一日として同じ日はない。少しずつ変わり、思いがけない明日を呼び寄せることもある。大人でも子供でも、同じこと。その標を見失わず、進んで行くしかないのだろう。昨日を変えたいというどうしようもない願いを持たずに済むように。
「あの計画さ」
小さな声で隣のミーティアに言った。
「絶対成功させようね」
「ええ。頑張りましょうね」
自信がある訳じゃない。新米王族として右往左往の毎日だ。だけど目標があって、助け合える仲間がいる。そして何よりミーティアが一緒にいてくれる。だから頑張っていけるんだ。自分の、そして皆の明日のために。


                                     (終)


                                  おまけ→

2010.2.24 初出 






トップへ  目次へ