新たなる技を求めて





新たなる技を求めて




やっと馬姫様と馬車をゲルダのやつから取り返して、あっしらはパルミドに戻ってきやした。
ドルマゲスの野郎の行方はさっぱり分からねえし、ここは一つ情報屋のダンナの力を借りようと思ったんでげす。
「ワシは外で待っておるからな」
トロデのおっさんはすっかりこの街の心証を悪くしちまって、街の中には入りやせんでした。注意さえしていりゃあそんなに悪い街でもないんでがすがねえ。でも仕方ないと言えば仕方ねえでがす。おまけにククールの野郎、これ見よがしに身体を掻きむしりやがる。あっしには妙に小綺麗なところよりよっぽど落ち着くんでがすがねえ。
やっと情報屋のダンナを捕まえて、ドルマゲスの野郎の情報を手に入れたんでがすが、そこでとっぷりと日が暮れてしまいやした。新しい情報に新たな意欲を掻き立てられたのか、街の外で待つおっさんと馬姫様が気になるのか、兄貴はすぐに出発しようとしたんでがす。夜の旅は危険だというのに。
「ちょ、ちょっと待て。今日は一日、あの洞窟からここまで歩き詰めでオレはもうへとへとだぜ。今夜はもう、休んだ方がよくないか?」
最初に異議を唱えたのはククールでげした。あいつの回復呪文にはしょっちゅう助けられているんでがすが、正直ひ弱なやつだと思うことがあるでがす。
「何寝ぼけたことを言ってんのよ。ドルマゲスは西の大陸に行ったんでしょ?だったらこんなところでぐずぐずしている暇はないわ。追い掛けるのよ」
ゼシカの姉ちゃんはこんな時も元気でがす。最初は生意気なだけのあまっこだと思っていたんでがすが、時には野宿もある長旅なのに愚痴の一つも言わないで付いて来るのには感心しているでがすよ。
あっしはと言えば休みたかったでがす。ずっと野宿が続いていやしたし、たまにはちゃんとした寝床で休みたかったんでげすよ。でも兄貴が「出発だ」と言えば一にも二にもなく従うつもりでいやした。
「…そうだね」
兄貴はあっしらの顔をぐるりと見回したでげす。
「今日はここで宿を取ろう。疲れたままで旅をすれば、事故の元だし」
威勢のいいことを言うゼシカの姉ちゃんも含め、あっしらは疲れ切っていやした。兄貴は特に先頭に立っていたんで装備も綻んですっかりくたびれた様子だったんでがす。
「じゃ、宿を取ってくる。ヤンガス、すまないけど酒を買ってきてくれないか」
でも決してそれを表に出さないんでがすよ。いつも率先してあっしらの為に宿を取ったり武器屋や防具屋を巡って新しい装備を整えたりしてくれんでがす。おまけに宿を取ったら酒を持って街の外で待っているおっさんと馬姫様のお相手までして…頭が下がるでげすよ。

           ※          ※          ※

宿の部屋に通されると、もうさっしらはバッタンキューでげした。兄貴も意外に早く部屋に戻ってきたんでがすが、寝床に倒れ込んだかと思うともう熟睡状態でげした。
ああ、こりゃ今夜は兄貴もゆっくり休めるでがす、と安心してあっしも眠りに就いたんでがす。
が、明け方、小用で目を覚ましたら隣の寝床で寝ている筈の兄貴がいねえではありやせんか。おまけに錬金で作ったとかいう新しい槍も消えていたんでがす。
慌てて探したんでがすが、すぐに見つかりやした。うっすら白む夜空の下、兄貴は宿のテラスに出ていたんでがす。
「兄貴…どうしたんでがす」
「あ、ヤンガス。ごめん、起こしちゃった?」
あっしの声に振り返った兄貴の手には新しい槍が握られていやした。ずっと稽古をしていたのか、かいた汗が湯気のように白く立ち上っていたでがす。
「休める時に休まねえと身体に毒でげすよ。槍の稽古なんざいつでもできるじゃねえでがすか」
「そうだね」
あっしの言葉に兄貴はちょっと笑ったようでがす。息が白く吐き出されやした。
「でも練習しておかないと実戦で使えないだろう?」
「で、でも兄貴、ちゃんと槍を扱っているじゃねえでがすか。何も今更練習しなくたって」
あっしは何とか休ませようと食い下がったんでがす。
「うん。まあ一対一なら何とかなるんだけどさ、ほら、洞窟でマミーの群れに囲まれたことがあっただろ?」
「ああ、あったでげすな。あの時は正直きつかったでがす」
「あの時思ったんだ。槍で複数の敵を倒す方法はないかって。ブーメランに持ち替える暇もなかったりするし」
「そうだったんでがすか…」
確かに兄貴は槍を水平に薙ぎ払うような動作を繰り返していたんでがす。でも槍の重さに体勢を崩してよろけたり槍を飛ばしてしまったりしていやした。
「兄貴ならいつか必ずできるようになるでげすよ。だから今は休んだ方が…」
「うん。でもちゃんと練習しておかないと急には実戦で使えないよ」
「そんなもんでがすかねえ」
日が昇り始め、兄貴の髪に光が当たって茶色く透けていやした。
「昔、ある方に言われたんだ。『どんなに練習しても全然弾けないフレーズがあっても、ある日突然弾けるようになることがあるの』って」
「へえ…」
「でもそれは毎日練習を積み重ねているから起こることで、何もしないではいつまでも絶対にできないのよ、っておっしゃっていたんだ」
…誰がそう言ったのか分かったような気がしたでげす。兄貴が敬語を使うのはあの二人だけでがした。そして特定の人の話題の時だけとても優しい顔をするんでがすよ。そう、今も優しい顔をしているでがす。
「…ああ、夜も明けちゃったね。戻ろうか」
照れ隠しなのかそうやって別の話題を振るのも、いつものことでがした。
「そうでがすね。そうそう、牢獄亭の朝食は結構いけるでがす。トロデのおっさんにも持って行ってやりやしょう」
「そうなんだ。きっと冷えていらっしゃるから喜ばれると思うよ。一眠りしたら僕たちも出発しよう」
「合点でげす」
やっぱりこの人を兄貴と仰いで正解でげした。常に鍛練を怠らない、さすがエイトの兄貴でがす。
それにしても兄貴にそんな顔をさせるなんて、どんなご面相なんでがしょうねえ。おっさんは、
「ワシに似て美しい姫じゃ」
なんて言ってやしたが、あんな魔物の面じゃあ想像もつかねえでがすよ。
ま、ドルマゲスの野郎をぶちのめせばはっきりすることでがす。追い掛けるでがすよ!


                                    (終)




2005.11.18 初出 2007.1.23 改定









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