肖像の間




トロデーン城、肖像の間。
城には多くの絵が飾られているけれど、細長いこの部屋には特に歴代の王、女王の肖像が置かれている。
トロデーンの歴史は古い。この城自体、千年程前に原形が作られて、以後、少しずつ増築や改修を繰り返してきた。その間幾度の戦乱や自然の脅威に曝されつつもこの地に根を下ろし、今に至る。
三十余代に及ぶトロデーンの王統。お父様で三十七代目だったかしら?揺り籠の中で王位を継ぎ、十になる前に亡くなられた方、王位継承に異議を申し立てて対立王朝を開いた方、世継ぎ欲しさに何度も王妃を取り替えた方など、たくさんの王、女王が玉座に有った。それらの方々の戴冠式のお姿やご成婚の際の記念の肖像が残されている。
古い時代のものは色が褪せ、顔料も剥落してどのようなお顔だったのか窺い知ることは難しい。
けれども最近の絵は色鮮やかに王たちの面影を伝えている。回廊のようなこの部屋の、ごく最近の絵の前に立って見上げた。
私のお祖父様とお祖母様、そしてお父様とお母様の肖像だった。どちらも戴冠式のもののためか、皆厳めしい顔をなさっている。お祖母様は記憶の中ではすっかり銀髪になられていたけれども、この絵ではもちろん美しい黒髪でいらっしゃった。王権と王位の象徴とも言うべき王笏と宝珠を持ち、王冠を戴くその隣にはお父様そっくりのお祖父様がいらっしゃる。
王婿として某公家から入られたお祖父様には一度もお会いしたことはない。私が生まれる何年も前にお亡くなりになっておられたから。けれども、ご夫婦の間はうまくいっていなかったらしいことは漏れ聞いている。
お祖母様は本家直系の姫であると誇り高くおわし、トロデーン王家の血を引くとはいえ傍系の出だったお祖父様と打ち解けることは生涯なかったという。それにお祖母様には慕わしく思っていらっしゃる方がいらっしゃった。
サザンビークの王子、現王クラビウス様のお父君。私はかつてそのお姿を見たことがある。他でもない、お祖母様のロケットの中に。
お祖母様が亡くなられた後、そのロケットをどうするかで一悶着あった。ご遺言で、
「一緒に柩の中へ入れるように」
とあったのだけれど、お父様は中々頚を縦に振らなかった。でもお祖母様に長年お仕えしてきた女官さんたちもご遺言を盾に一歩も退かず、結局お祖母様は願い通りロケットを胸に先祖代々の眠る霊廟へお入りになった。お祖父様の眠る場所とは別のところで。
その時分、よく意味が分かっていなかった私は、
「どうしてお祖母様のお願いを聞いてあげないの」
と疑問に思ったし、それをそのままお父様に聞いたりもした。いつも可愛がってくれ、大好きだったお祖母様のために、ただ、何かしてあげたかったから。今にして思えば、お父様はとても複雑な顔をなさっていた。その当時は幼くて変な顔をなさっている、としか思わなかったのだけれど。
「ご遺言だから全部言う通りにする、という訳ではないのじゃよ」
とだけ仰ったお父様の横顔が寂しそうだったことを覚えている。
そう、お父様とお祖母様がお話ししているところをみたことがない。実の親子であられた筈なのに。
いつものお食事はお父様とだけ、いつものお茶の時間はお祖母様とだけ。週に一度の正餐の時だけお二人が揃ったのだけれど、大きなテーブルの端と端にお座りになって会話もない。いえ、お食事中はお話ししてはいけないのだからそれはいいのだけれど、それにしても厳めしい雰囲気しかなくて寂しかった。どちらも大好きだったから、仲良くして欲しかった…


お母様、私には全く記憶の無い方。どんな方だったのか聞いてみても誰も答えてはくれない。お父様も何も仰ってはくださらない。こうして肖像でみる限り、とても美しくて優しそうな方。こちらも戴冠式のものだけれど、お祖母様のものと違ってどこか和やかな空気が漂っている。
「とっても仲がよかったんでしょ?」
これはずっと昔にエイトが言ったこと。何かの話の拍子に聞いたことがたった一つのお母様についての情報だった。どんな方だったのか知らなかった私はあれこれ追求してみたのだけれど、それ以上のことは言ってくれなかった。「よく分からない」と。
本当は色々聞いていたのでしょう?でも私には何も言うな、と堅く口止めされていたのよね。


政略結婚でこちらに嫁いでいらっしゃったお母様。けれどもお父様とはとても仲の良かったお母様。政略結婚で婿をお迎えになったお祖母様。王族の義務だけを果たして後はご自分の過去に閉じ籠っていらしたお祖母様。
私は一体どうなるの?いくら好きな人を忘れられないからといって一生自分の中にいるその人とだけ語らい続けるだけなんて寂し過ぎる。でも…
「チャゴス様は金髪の巻き毛に青い眼の、それはご立派な体格の王子様でいらっしゃいます」
とサザンビークからの勅使は言う。実際送られてきた肖像もそのようなお姿で描かれている。
だからといって慰めになる訳でもない。私が欲しているのは見た目の美しさではないのだから…
「お会いすれば必ずや姫様にも正しいと思えるような情愛をお持ちなられましょう。ご案じ召されますな」
そんなに簡単に人を好きになることってできるのかしら。確かに私は色んな人が好き。世話をしてくださるメイドさんたち、色々なことを教えてくださる先生方、トロデーンのお城で働く皆が、大好き。その方々と同じくらいには好きになることは可能だと思う。結婚する、ってそんな程度でできてしまえるものなのかしら。
私には分からない。色々な物語の中では心から慕い合っている人同士で結婚することが最良とされていた。ならば、私の…大好きな…
いいえ!それは絶対にないわ。もしも私が王位継承者でなければ可能だったかもしれない。でも現実には私はトロデーンの王位継承者。チャゴス様との結婚が決まっていなくともどこかの公家辺りから婿を迎えることになっただろう。お祖母様のように。
ならばせめて、自分の心を強く持って好ましく思うよう努力しよう。あの人に似ている部分を探し出すようにして。


お父様も、お祖母様も皆大好きだった。でも時々思うことがある。もし、私がただの娘であったなら、大好きなあの人と結ばれることができただろうか、と。

                                         (終)


2005.12.19 初出 






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