『愛のものがたり』





…あるところに美しい姫君があった。ある日隣国の王が姫を妻に迎えるため、若き騎士を姫の元へ差し向けた。騎士はかつて姫の許嫁を決闘で撃ち破った者。憎い敵でありながら二人はなぜか惹かれ合っている。
嫁ぐ国へ向かう船の中、姫は船室から出ようとはしない。
騎士「姫、間もなく船は岸に着きましょう。わが主君もお待ちでございます」
姫「意に染まぬ結婚をせねばならぬのならいっそ死んでしまいましょう、いざという時に使うよう渡されたこの薬で…ああ、そなた、妾と共にこの盃を干してはもらえぬか」
騎士「姫は死のうとなさっているのでは。だが姫の盃ならば例え死の盃であっても甘美であろう…謹んでお受けいたします、姫」
二人は死ぬつもりで盃を交わす。突如として二人を襲う激しい目眩。
二人「ああこれで現世の悩みから解放される…」
しかし目眩は収まった。二人が飲んでしまったのは死に誘う毒薬ではない。二人で飲めばたちどころに恋に落ちる愛の妙薬。
姫「斯様に狂おしくも慕わしい方があったであろうか?生まれたばかりの神のような凛々しいお方!」
騎士「麗しい方、我が心を攫う流星のごとき美しき姫君よ!」
(流星の…ミーティア…)

              ※             ※          ※

「ちょっと、エイト!いいかげん目を覚ましなさい!」
「兄貴、しっかりするでがすよ〜」
はっと気付くと僕は草原に横たわっていた。
「どっ、どうしたの?あれ、魔物と戦っていたんじゃ…」
まだぼんやりする頭で事態を理解しようとする。船を手に入れパルミド西の岬に着いて、そしたら…
「兄貴はドールマスターの『愛のものがたり』を聞いて混乱してしまったんでがすよ」
「そういうこと。ゼシカはうっとり聞き入ってしまうしお前は混乱して勝手に麻痺してしまうしで大変だったぜ。ま、オレとヤンガスであっさり片付けてやったけどな」
「ゼシカの姉ちゃんはあの手の話をされるといつもうっとりしているでがすが、あっしにはどこがいいのかさっぱり分からないでがすよ。
それにしても兄貴があの手の話に引っ掛かるのは珍しいでげすね」
「うっ、うるさいわね。女の子はああいう話が好きなの!」
「そうかそうか、じゃオレが話そのままの体験をキミに…」
「メラ」
「あぢーっ」
キメラとげんじゅつしの人形に反応してしまうなんて何やってんだろう、弛んでいる証拠だな。
でもあの話…知っている。あの後二人は密会していて、男の方は姫の夫に殺され、姫もその場で嘆き死んでしまうんじゃなかったっけ。城が呪われる数日前に同僚が無理矢理貸してくれた本の話だった。
…多分そういうことなんだろう。主君の姫に恋をするなんてあってはならないこと、恋によって身を滅ぼすなという警告だったんだ。でも正直その運命に惹かれなくもない。あの方への想いに殉じてしまえるのなら…あの方の腕の中で息絶えることができるのなら…想いを告げて口づけを交わせるのなら…
「エイト」
突然名を呼ばれはっと我に返る。目の前で王が僕の顔を心配そうに覗き込んでおられた。
「何じゃ、おぬし、打ち所でも悪かったんか?ボサっとしよってからに」
「あっ、その…御心配おかけして大変申し訳ございません。大丈夫です」
慌てて立ち上がった時、目が合った。あの方と。
(大丈夫?エイト)
瞳だけはそのままのあの方が問う。澄んだその瞳の前に僕の思いの醜さが恥ずかしかった。自分一人ならともかく、あの方をそんな運命に引きずり込むことはできない。願ったことはあの方の幸せだったのではなかったのか。あの災厄の時にお守りできなかった自分がすべきことはただ一つ、一刻も早く呪いを解いて差し上げることだけだ。
(ごめんなさい。こんな醜いことを考えてしまう僕を許してください)
警告をくれた同僚は西塔の詰め所で呪われていた。他の同僚も、先輩も、トーポにチーズをくれる厨房のおばさんも、一人残らず呪われて悪夢のただ中にある。
立ち止まることは僕の心が許さない。何としてもあいつを追い詰め倒してやる。そして…御結婚の決まっていらっしゃるあの方を元の姿に戻して差し上げるのだ…今度こそ最後までお守りしようと心に誓ったのだから。それが自分にとってどんなに辛いことであっても。


その時はまだ知らずにいた。あの方の許嫁者がどんな人であるのかということを。


                                    (終)




2005.3.18 初出









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