百物語




「あー暑い暑い。暑くてやってらんねー」
野宿の火の向こう側でククールがぶつぶつ言っている。
「そんな暑苦しい格好しているからじゃない。もっと身軽な服装すれば?」
ゼシカの意見はもっともだ。確かに全身を隈無く被うククールの装備は暑そうだし。魔法のビキニを着ているゼシカは涼しそうで正直羨ましい。
「じゃ、ゼシカ一緒に寝てくれよ」
「え?」
「伊達男の宿命ってやつかな、オレは女と同衾する時しか脱がないのさ。もちろんゼシカもは」
「マヒャド!」
「わーっ………」
狙いは正確、覚え立ての呪文がククールに炸裂した。
「あー…こりゃまた見事に凍っているでがすね」
ヤンガスがククールの氷の像をこんこん、と叩く。「わーっ」という顔のまま凍っているそれは見物だった。そのまま息が詰まってしまったらまずいし呪文で溶かそうかと思ったんだけど、すぐに顔の周りから溶けてきて「出せ出せー!」という形に口が動き出したのでそのままにしておくことにした。
「手加減してやってよ、ゼシカ。でも暑い、っていうのには同感だよ」
「本当ね。夜になってもこんなに暑いなんて」
「こんな時は涼しくなる話をするでがすよ」
「もしかして…怪談?」
「そうでがす」
「うむ、よいかもしれんな」
「げっ、おっさん、いつの間に!」
「ワシも暑いんじゃ。今夜はここで怖い話で涼もうぞ」
(…マジかよ)
氷の中のククールの口がそう動いたような気がした。
「あら、いいかも。じゃ、一人一人順々に怖い話をしていくっていうのはどうかしら」
「そうだね、涼しくなっていいかもね」
(おいこら!いつまでオレを凍らせておくつもりなんだよ!)
「ではあっしから…」

             ※          ※          ※

それはあっしが盗賊駆け出しだった頃の話でがす。
パルミド近くの海岸に幽霊船が出ると言う噂がありやした。かつて商船が海賊に襲われて、積み荷を渡すくらいなら、と自ら船を沈めたんでがす。それが化けて出るんだとか。
それを聞き付けたゲルダのやつが、
「そういうところにはお宝ががっぽりあるに違いないよ」
と探りに行く気になっちまって…あっしはそういうところに行くのは気が進まなかったんでがすが、
「あんた口ばっかりだね。お宝が目の前にあるのに行かないなんて盗賊じゃないよ」
そこまで言われてしまったら男として行くしかねえ。覚悟を決めて付いていったでがす。
月のない夜でげした。生温い風が吹き付けて一層いやーな気分になったでがす。海岸にはぼやーっと光る船らしき影があるじゃねえでがすか。
「何だい、何も出て来やしないじゃないか」
早速甲板に上がり、ふん、とゲルダが鼻で笑った時でげす。
「俺の船で何してやがる!」
突然背後ででかい声を出され、あっしらは飛び上がりやした。
「で、出たーっ!」
「何さ、幽霊船でお化けが出るなんて当たり前だろ。びびってるんじゃないよ」
とか言いつつもゲルダの声は震えています。
「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと出てけ!」
そいつに襟首をひっ掴まれまずあっしが海に放り出されやした。続いてゲルダが。
「もう来るんじゃねえー。それから人を幽霊呼ばわりするんじゃねえー」
甲板から声がして船はさっさと行ってしまいやした。
「…行っちまったぜ」
呆然と見送るあっしはいきなりぽかりと殴られたんでがす。
「なーにが行っちまったぜ、だよ。あんたがぼやぼやしていたせいでせっかくのお宝がフイになっちまったじゃないのさ。どうおとしまえ付けてくれるんだい!」
あっしには幽霊よりもその時のゲルダの顔の方が怖かったでがすよ。

             ※          ※          ※

「どこが怖い話だよ。単なる惚気話じゃねーか」
「あ、ククール、溶けたんだ」
「溶けたんだ、じゃねえ。必死で溶かしたんだよ。まだ足元は凍っているんだ」
「涼しくてよかったでしょ。どう、私の呪文の威力は」
「こんな涼しさは嫌だーっ!」
「…あっしの話はスルーでげすかね」
「あっ、ごめんごめん。ちょっと涼しくなったかな?で、その船は一体何だったの?」
「うう、兄貴は優しいでげす…今思うに多分夜釣りの船か何かだったんじゃねえかと」
「じゃ、次は私ね」
「(くそー、怖い話はあんまり好きじゃないんだが。でも足元凍ってて逃げられねえ)どんな話か楽しみだな」
…微妙にククールの顔が引き攣っているような気がするなあ。ま、いいか。ゼシカはどんな話なんだろう。正直に言ってヤンガスの話は惚気にしか聞こえなかったよ。

             ※          ※          ※

私が小さい時にサーベルト兄さんと聞いた話よ。
ポルトリンクは港町だったから船乗りさんたちから色んな話を聞かせてもらったの。その中でも特別怖かった話ね。
航海した先で久しぶりに陸に上がったとある船乗りさんがいたの。旧友と酒を呑み、楽しい時間を過ごしてさて寝るか、と宿屋のベッドに寝転がったその時。
「寒いね、兄さん」
「そうだね、でも一緒にいれば寒くないよ」
という子供の会話が聞こえてきたの。
隣室の声が聞こえるような安宿にするんじゃなかった、と思ったんだけど、よく考えたら季節は夏、むしろ今夜みたいな暑い日だったらしいのよ。
それでも気のせいかも、と思い直してまた寝ようとしたの。
「本当に寒いね」
「でも我慢しようね」
もしかしたら窓の外に誰かいるのかも、と船乗りは外を見たの。でも誰もいなかった。深酒し過ぎだと思ってもう何が何でも寝てやろうとしたその時。
「誰か僕たちのベッドにいるよ」
「じゃあその人にくっついてあったまろう」
そう聞こえた途端!
男は冷たい手のような物で─それも二組─身体を掴まれ動けなくなってしまったの。
「あったかいねえ」
「あったかいねえ」
声も出せなくなって、朝になって宿の主人が中々起きてこないからって様子を伺いにきた時には男はすっかり冷えきっていたんですって。

             ※          ※          ※

「おおっ、怖い、怖いでげす」
「何かすごくひんやりしたよ」
「ふっ、そそそれくらいどどどうってことないさ」
「じゃ、次はククールね」
「お、おう」
「楽しみじゃのう」
             ※          ※          ※

それはオレがとある貴族の館に寄付金集めに行った時の話だ。旦那が留守とかでそこの奥方がオレに色目を送ってくる。なかなかの美女でまんざらでもなかったものだから、つい、誘いに乗ってしまったんだな。
でまあ広間のソファでアレコレしていたら突然扉がバーンと開いて留守のはずの旦那が斧持って乱入してきたんだよ。奥方も、
「あーれー、この人に襲われたんざますー」
とか言って逃げを打つし。
いやー、あれには参った。どうやってその場から逃げたのか自分でも覚えてねえ。

             ※          ※          ※

「…どこが怖いのよ」
「美人局でがすな。別の意味で怖いでげす」
「つつもたせ?」
「あ、兄貴は知らなくてもいいでげす」
「うわーっ、オレともあろう者が美人局なんかに引っ掛かったのかー!」
「自業自得よね。こんなやつは放っておきましょ」
「では次はワシが」
「お城には怖い話がいっぱいありそうでがすからねえ。楽しみでがす」

             ※          ※          ※

それは姫が生まれる直前のことじゃ。
寝苦しい暑い夜のことじゃった。あまりの暑さに眠れなかったワシはテラスで涼もうとして廊下を歩いておった。妃は休んでおったのでワシ一人じゃったよ。
と、角を曲がったところで不審な人影を見つけたのじゃ。
「誰じゃ」
誰何するとその影はゆっくりとワシの方に振り返った。
「気の毒にの」
それは女、白いドレスを纏った見覚えのない貴婦人じゃった。ワシはその声を聞いた瞬間すーっと汗が引いたぞ。
「汝らの最後の子はなんと過酷な運命を背負っていることよ」
女は歌うかのようにそのようなことを言ったのじゃ。
「お、お主は誰じゃ。ここがワシの城と知っておるのか」
ここはワシの城、不審な者を見過ごす訳にはいかん、と思ったのじゃが…
「妾の名か」
ふ、と笑ったように思えた。が、それはこちらの背筋を凍らせるような笑みでの、さすがのワシも足が震えたもんじゃ。
「時を告げにきたと申せば誰か分かるじゃろ」

             ※          ※          ※

「そう言って女は掻き消えたのじゃ」
「だっ、誰だったの?」
「我がトロデーンの王族が死期を迎える時に時々現れるという白い貴婦人だったのじゃ」
「で、でもおっさんは生きているでがす」
「ワシじゃなくて妃だったのじゃよ。その時はそれとは分からんかったがの。その後難産の末姫の誕生と引き替えに身罷った時それと知ったのじゃ」
そんな話があったんだ。あちらでミーティアが俯いている。
「ではエイト、おぬしも怖い話を頼むぞよ」
「はい」
そんな悲しい話の後だとすごく辛い。どんな話をすればいいんだろう。

             ※          ※          ※

僕が廊下で見張りしている時、ふと何かの気配を感じて振り返ったんだ。でも何もいなかった。
気のせいかな、と思って見張りを続けようとした時、その音がした。
カサコソカサコソ…
はっと振り返ると奴がいた。そう、でっかいゴキブリが!
慌てて手にしていた槍で退治しようとしたんだけどそれをかいくぐりこちらに向かって来る。
僕もいい加減混乱しててさ、滅多打ちしていたら今度はそいつがいきなり飛んできたんだ。

             ※          ※          ※

「何とか打ち落としたけど脂汗出たよ」
「…何っつーかこれもまた別の意味で怖い話だな」
「それはすごく嫌ーっ」
「そうか。じゃ、出た時はオレが守ってやるよ」
懲りないなあ、ククールも。ちょっとからかってやろうかな。
「あっ、あそこにゴ」
「うわーっ!」
「…何よ、『守ってやる』とか言った端から全力で逃げているじゃないの」
一瞬のうちに10mは逃げたククールを見遣りながらゼシカがふんと鼻であしらった。
「あー、ククールも前途多難でがすねえ」

                                  (終)


2005.8.9 初出 






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