木洩れ日の道




長引いた長老会議の後、外に出た竜神王は午後の光の眩しさに目を眇めた。
昼前から始まり、軽食を挟んでさらに午後も続いた会議の結論は今日も出ず、徒労感ばかりが先に立つ。そう簡単に決定できるとは思っていなかったが、それでも堂々巡りの議論には正直うんざりしていた。
(早く結論を出したいのは山々なのだが…)
深く溜息を吐いて歩き出した時である。ふと、木立の下で一人遊んでいる子供に目が留まった。三、四歳くらいだろうか、小さな手で懸命に砂を集めて山をこしらえようとしている。
「エイト」
その子供の名を呼んでやると、子供は一瞬顔を上げたがまた再び遊びに没入していった。
「エイト、何をしておるのだ」
「すなあつめてるの」
もう一度名を呼んで子供の横に座ってやると、今度はちゃんと竜神王の方を向いて答えた。
「そうか。面白いか」
「うーん」
優しい調子で話し掛けてやると、子供─エイトは首を傾げ少し考え込んだ。
「わかんない」
その稚い様子に、
「そうか」
とだけ答えたが、少しばかり心が痛んだ。
つい先程まで続いていた、そして明日もまた続くだろう長老会議の議題はまさにこの子供の処遇についてだった。
ヒトと竜神族の血を引くが故に、エイトはこの里の異物だった。こうして一人で遊んでいることがそれを物語る。丁度同じ年頃の子供がいなかったこともあったのだが、ヒトを避けるようになっている里の者にとってはこの混血の子供は歓迎すべき存在ではなかった。
現に一部の強硬派は里からの子供の即時追放を求めている。里にヒトは不必要だ、頑是無い子供のうちに里を出ればそのうち記憶は薄れて自分の生まれを忘れるだろうというのがその理由だった。それに抵抗しているのは子供の祖父、グルーノだった。この子供の血の半分は紛れもなく竜神族のものであり、里にあってもおかしくない。それにこんな幼い時にたった一人で追放されては死ねというのも同然だ。せめて今しばらく、自分のことは自分でできるようになるまで里に置いて欲しい、というのが祖父の主張だった。
どちらも一理あり、里の長としてどう決断したものか竜神王は迷っていたのである。しかしその決断を長引かせれば里の者の心を二分して争いの元になるだろうということも分かっていた。
「…おぬしも大変だな」
子供の境遇に思いを巡らすうち、つい言わなくともよいような言葉が出てしまう。エイトはきょとんとして竜神王を見上げたが、すぐ答えた。
「りゅーじんおうさまのほうがたいへんなんでしょ」
「ん?」
そう言ったエイトは妙に大人びた顔をしていた。不意を突かれ何と答えればいいのか迷っていると、更にエイトは言った。
「だっておじいちゃんが言ってたもん」
「…そうか」
その言葉に心慰められ、竜神王はエイトの頭をよしよしとばかりに撫でてやろうとした。
「いたいよりゅーじんおうさま」
でもエイトには力が強過ぎたらしい。笑いながら身体を捩って逃げようとする。
「こら、逃げるな」
振り回す手を捕らえ、改めて頭を撫でてやると今度はくすぐったそうな顔をした。
「少し遊んでやろう」
そう言ってやると、エイトはその年齢に見合った子供らしい笑いを見せた。
「わーい、ありがとうございます、りゅーじんおうさま」
「もっと砂を集めておいで」
「はーい」
嬉々として砂を集めるエイトに、竜神王はひっそり微笑んだ。
(少しぐらい、子供でいられる時間を持たせてやっても不都合はあるまい)
竜神王はそう思った。この子が他の者に守られる子供でいられる時間はあまりに少ないだろうから。「その時」を決めるのは自分の役目であるが、その時までこの子を見守ってやることも自分の役目なのだろう。
「あつめたよ」
自分の思考から戻ると、目の前でエイトが砂山をこしらえていた。
「そうか」
目の前にできた一回り大きな砂山に、そこらに落ちていた小枝を挿す。
「エイト、勝負だそ。この小枝を倒さないように砂を取っていって、多く取った方が勝ちだ。でも倒したら負けだからな」
「はーい」
他愛もない遊びだったが、エイトは真剣だった。竜神王から「勝負だぞ」、と言われたのだから。その様子を微笑ましく見遣りながらも、竜神王はある決意を固めていた。
自分の中にある感情に振り回されることなく、一族の長として里のために決断しようと。
「りゅーじんおうさま?ぼく、かっちゃうよ」
エイトの言葉に気がつくと、無意識のうちに手が砂を大きく掻いていて枝が倒れようとしている。
「おおっ、これはいかん」
慌てて砂を押し戻すついでにこっそり枝の傾きを直そうとした。が、エイトもそれに気付く。
「ずるしちゃだめだよ!」
そう言いながら横から砂を取ろうとする。
「こら、エイトもずるしてはいかん!」
いつも間にか勝負から単なる砂の奪い合いになっていたが、大人気なく遣り合いながらも二人ともそれなりに楽しんでいた。少しでも長く、このような日々を続かせてやりたいと思いながら。


                                             (終)




2007.9.25 初出









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