祝福の口づけ





決戦の時は迫っている。みんな何も言わなかったけど、それをひしひしと感じていた。
隣からチン、と音がした。先を行くエイトが振り返り馬車に近付く。何度も受けた竜神王の試練。それから手に入れた数々の褒美、その最後の物が剣だった。それを錬金した物が釜の中に入っている。

               ※          ※          ※

「うん、軽くて使いやすい」
剣を貰った後、グルーノさんの家で試しに振ってみたエイトはそんなことを言った。
「へえ、だったらオレにも使えるかもな。ちょっと貸してくれよ」
重い剣の扱いが苦手なククールはあわよくば…と思っていたらしいんだけど、
「ああ、いいよ」
と渡された剣は抜くことが出来なかった。
「あれっ?!」
「ふむ…」
剣を抜こうと苦闘するククールの後ろでグルーノさんが頷いた。
「やはりヒトでは扱えんか」
「え?」
「どういうこと?」
「どういうことでげす?」
私たちは一斉に疑問の声を上げる。
「うむ、今エイトが纏っている竜神族の装備や武器はの、実は人形のまま竜としての力を発揮するための物なのじゃ。故に只人には扱うことができん。そればかりか無理に武具や防具を扱えば、内に含まれる竜の力を支えるために生命を削ることになりかねん。
くれぐれも無理に使おうとするでないぞ」
グルーノさんの警告に私たちは顔を見合わせる。そんな中、エイトが一人、青ざめていた。
「…かつて里が人界にあった頃、ヒトと竜の血を引く者がおっての。その者のために作られた物なんじゃよ。
我々竜神族もかつてラプソーンから手痛い被害を受けておる。奴を倒すためにそれを使うのは意に適うことじゃ。頼んだぞ、エイト」
「…はい」
肩をぽんと叩かれ、頷いていたけど、エイトの様子は明らかに沈んでいた。


エイトは何も言わなかったけど、心のどこかでその剣を疎んじていたのかも知れない。実戦で一度も使わずにすぐ錬金釜に入れてしまった。
「兄貴、いいんでがすか?」
とヤンガスが思わず聞き直した程、あっさりと。
「うん、いいんだ。変な物になったって他にもいい武器はあるし」
いつものエイトではなかった。表情もどこかくすんでいたっけ…
                ※          ※          ※
そんないきさつもあって、釜から新しい剣を取り出した時もエイトの表情は冴えなかった。
人界と竜神族それぞれの世界で最強の剣を合わせ錬金された剣は、見ているだけでもこちらにまで力が伝わって来る。
「…ククール、使える?」
でもそう問い掛ける声は震えていた。剣を捌こうとするククールの姿を見る眼も真剣だった。
「…オレには無理だ」
それに気付いてはいたものの、やっぱり使えなかったククールが剣を返した時、はっきりと落胆したのが分かった。
「兄貴…」
「ああ、うん、いいんだ。何でもないんだ」
気遣うヤンガスに気軽な調子で応え、
「さあ、行こうか」
と先頭に立つ。私も何か言わないと、とは思ったんだけど、頭は空回りするばかりで何も思い付かない。
でもその時、姫様がエイトの袖をくわえたの。
「姫様、いかがなさいました?」
怪訝そうに問い掛けるエイトの袖を、姫様は一生懸命引いている。
「どうしたのじゃ、姫や。疲れたかの。
…エイト、姫が喉が乾いておるようじゃ。泉へ行け」
トロデ王様が有無も言わさぬ調子で命じる。普段なら、
「わがままな王様なんだから」
と思ってそれきりなんだけど、今日はその言葉が有り難かった。
「…はい、畏まりました」
一瞬躊躇ったけど、逆らうことはできなかったらしい、エイトは頷いて呪文を唱え始めた。
                ※          ※          ※

泉に着くと待ち兼ねていたかのように姫様が水を飲み始める。あっという間にその姿は光に包まれ元の人形に戻った。
「いよいよ行かれるのですね」
人に戻っての第一声はそんな言葉だった。珍しいわ、いつもはエイトに向かって話し掛けることが多いのに。
「私には何もできませんが、せめて祈らせてください。みなさんのご武運を」
「ありがたき幸せにございます」
ククールがささっと前に進み出て一礼する。こういう時ばかり素早いんだから。
「…エイト、新しい剣を持っているのね」
ふと、姫様が背負われた剣に眼を留めた。
「あ…でもこれは」
躊躇うエイトに向かってミーティア姫様が進み出る。
「見せてもらってもいいかしら?」
す、と白くほっそりとした手が差し延べられた。
「えっ、でも、重いですよ。それに僕じゃないと抜くこともできませんし」
しどろもどろで言い訳するエイトににっこりと微笑む。
「じゃあエイトが抜いて。そうすればいいでしょう?」
「…はい。ですがどうかお気をつけて」
エイトは渋々抜いて、恐る恐る姫様に剣を渡した。細身の刀身だったけど、かなり重い筈。でも姫様は両手で何とか捧げ持った。
「…これが人の世界と竜神族の世界の剣を合わせた剣なのね…」
武骨な抜き身の剣が優しげな姿のミーティア姫様に持たれて互いの存在をより強調する。刃の輝きが肌に反射していた。
「二つの世界に属する剣なのね。…エイトのように」
ただはらはらと姫様を見守るばかりだったエイトが、はっと顔を上げた。
「エイト、あなたはトロデーンの希望です。あなたの無事と武運を祈っております」
優しくそう語り掛けると、刀身にそっと口づけた。
「ですが、どうか無理はしないで。死んでは駄目。ミーティアは、決して、それを望んではおりません。
無事で帰って来て。私たちの故郷に一緒に帰りましょう」
切々と語る姫様の言葉を聞くうち、エイトの顔が変わった。眼に光が戻り、表情に力が漲っていく。
「ありがとうございます、姫様」
その言葉はもう、いつものエイトのものだった。
「きっと勝って帰ります」
剣を受け取り力強く言うエイトの前で、姫様の姿がまた光り出した。もう時間切れなのね。
「みなさんを、エイトを、見守っています…」
その言葉を最後に、姫様は再び呪われた馬の姿へ戻っていった。


エイトは黙って泉の湖面を見詰めている。でも前と違って他を拒絶するような雰囲気はない。
「兄貴」
ヤンガスの呼び掛けに振り返った。
「勝とうか」
にっこり笑ってそんなことを言う。まるでちょっとそこまでお散歩に、とでも言うよな気軽さで。でもそれでいいのかも。
「当たり前じゃない」
「合点でげす!」
「やってやろうぜ」
口々に答えると互いにがっちり手を握り合う。
「行くぞ!」
四人の眼が一斉に森の彼方を見遥かす。その先にはラプソーンがいる筈。


決戦はもうすぐそこだった。七つのオーブも揃った。後はもう、戦うばかり。


                                    (終)




2006.4.20 初出 2007.1.20 改定









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