くどき上手





オレたちはドニの街を出てアスカンタの方へ進んでいる。
何でこのオレがこんな怪し気な奴らと旅をしなければならないんだ。かったるいったらありゃしねえ。色男の仕事は女に愛嬌を振り撒くことだろう?魔物相手に剣を振り回すことじゃないんだぜ?
いや、それはあまり正確ではないな。一行の中には女もいる。それも飛び切りの。でもやけにお固くて百戦錬磨のこのオレが擦りもしねえ。
やれやれ、育ての親も同然のオディロ院長を目の前で殺され、体よく修道院を追い出され、ついにヤキが廻ったのかな…
いやいや、こんな程度で非観的になってどうする。追い出されたおかげで自由を手に入れたし、素敵なレディもいることだ。旅がいつまで続くのか知らんけど、諦めずコナは掛け続けよう。振り向かせる、というのもまた新鮮なことだし。


寄り道ばかりするあいつのせいで、アスカンタ領に辿り着く前に日が暮れてしまった。
この辺りはオレも来たことがない。地理に不案内な状態で闇の中を歩くのは危険だ、という話になって今夜は野宿になってしまった。
真ん丸なオッサン─ヤンガス、だっけか、が見掛けに寄らず器用な手付きで何かのスープを作っている。その横でゼシカ─あの胸は反則だろ─が火を熾そうと躍起になっていた。手伝おうとしたんだけど、追い払われてしまった。別に何の下心もなかったんだが…オレって信用ないのな…
自称王様の緑の魔物は火の側でうとうとしている。そもそもここで野宿する羽目になった張本人、エイトは向こうの方でせっせと馬の手入れをしていた。二匹─いや、二人か、は元々人間でエイトの主君なのだという。どうにも胡散臭いがまあ、マシな連中ではあるかな。人の皮を被った化け物もいるからな、世の中には。
そんなことを思いながら背後からエイトに声を掛けた。
「よう、エイト」
「わっ!な、何?」
…何だ?
「何か手伝うことはないか?」
「あ、ありがとう。ででででもこっちは大丈夫だから」
何を焦っているんだ?ただ馬の埃を払い、ブラシを掛けてやっているだけじゃねえか。その馬だってそしらぬ顔であっち向いているし。耳だけはこちらに向けているが。まあ、いいか。オレは前から気になっていたことを聞くことにした。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「何?あ、姫様のお世話しながらでもいいかな。ちょっと蹄の具合を見たいからさ」
「ああ、オレは構わないぜ」
幸い辺りには人もいない。これは好都合だ。
「なあ、お前、ゼシカをどう思う?」
「どうって?」
あれ、何だこのあっさりとした反応は。もっとこう、もじもじしたりするかと思っていたんだが。今までの会話からして。
「好きか嫌いか、ってことさ」
「ああ、そういうこと。うん、好きだよ、普通に」
そう言いながら蹄の具合を見ている。少し蹄鉄が緩んでいるようだった。
「ヤンガスも好きだし、トロデ王様も尊敬申し上げている。それと同じさ」
けろりとしてそんなことを言う。蹄鉄を外し、蹄を削るその姿からはさっきまでの動揺は全く感じられない。
「…お前、本当に男か?」
つい、思っていたことが口に出てしまった。
「は?」
「あれ程のイイ女を前にして口説かないってどうなんだよ。失礼にあたると思うぞ」
…まあ、うまく行ってないイライラもあったんだけどな。
「僕は見境なく女の人を口説いたりしないだけだ」
ちょっと気を悪くさせちまったかな。口調の中に微妙な棘を含んでいるような気がする。
「ああ、悪い悪い。気を悪くしたならすまなかった。お詫びと言っちゃなんだが、いい口説き文句を教えてやるよ」
「はぁ?何でそういう話になるかな」
「いや、カリスマ剣士のオレからすればお前はどう見てもひよっこだ。ちょっとぐらい飛ぶ練習に付き合ってやりたい、ってとこかな」
我ながらお節介な奴だな。最初エイトは呆れ顔で馬の世話に戻ろうとしたが、ふと手を留めた。
「…それ、例えばどんな風に使うの?」
お、乗ってきた。
「そうだな…例えば初めてその女の前に立ったとする。とびっきりの美女だ。これは褒めなければ男じゃねえ」
「美女…」
「そうそう。女っつーのはな、基本的に褒めて欲しい生き物なんだよ。顔を合わせたらまずは褒める。これだな」
「ふうーん…」
何だか満更でもなさそうだ。これは教え甲斐があるぞ。
「まずはその人の外見から入る。髪の色とか、眼の色とか。肌の美しさなんていうのもいい」
「でもさ、美しい黒髪、美しい碧の眼、では何かいまいちな気がするんだけど」
「そんな直線的な表現じゃ言っている本人がこっぱずかしいだけだって。そういうのはな、宝石や花、星のような自然の物に喩えるんだよ。『ぬばたまの夜のごとき黒髪に、緑柱石の瞳』とか」
オレもかなり調子に乗ってきた。自分で言っていても中々いい感じの口説き文句が出てくる。
「ぬばたまの夜のごとき黒髪に、星を宿した緑柱石の瞳、肌は真珠にも似て…」
「おいおい、どこ向いてしゃべってるんだ。馬を口説いてどうする。でも真珠の肌、ってのはいいな。今度使わせてもらうぜ」
変な奴だ。それに馬も、耳だけはしっかりこっちに向けているのにますますそっぽ向いているし。
「あ!そ、そうだ、そろそろ夕飯の仕度ができたんじゃない?行こうか」
あれ、何かまずいこと言ったかな。でもエイトは馬の肩に手を遣って促すとさっさと他の連中の方へ歩いていく。
「おーい、待ってくれ!」
こんな黄昏時に一人になるのはちょっと嫌だぜ。待ってくれよ。


                                    (終)




2006.2.21 初出









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