おおぞらを とぶ




地面を蹴る。耳のすぐ横で翼が羽ばたく。地面へ引き戻そうとする力を振り切って、空へ舞い上がる──


先を行くエイトが袋からほのかに輝く金色の珠を取り出し、何事か念じた時にそれは起こった。エイトの姿に金色の鳥の姿が重なる。黄金の翼が生えたようなその背中に見惚れた瞬間、抗い難い力で身体が引き寄せられた。
ぐんぐん遠ざかる大地。近付く雲。と思っているうちに雲の中に入り込んだ。
(きゃっ!)
雲って、霧みたいなものだったのね。エイトと二人、きっとふわふわのお布団だとか綿菓子だとか言い合っていたのに。
雲に覆われながらも、なおも昇る。見上げる先がほのかに白んで、そして再び陽の下に出た。
眼下に伸びる、あれが私たちの歩いてきた道。長くうねうねと、遠く伸びている。それを一瞬のうちに飛び越えて行く。さっき渡った川が、太陽の光を受けて光の帯のように見える。すぐ下で、羊たちが草原を走っている。牛たちが草を食む。旅人たちが空を飛ぶ私たちを見上げる。そしてその向こう、彼方に見えるのは──海。微かに弧を描いて青く空と溶け合う。その境、微かに見えるあの影は懐かしいトロデーン城。黒く呪いに覆われていてもその形は変わらない。
知らなかった…こんなに素敵なことだったのね、大空を自由に飛ぶ喜びって。太陽があんなに近く強く輝いている。沈む夕日をどこまでも追いかけて行ける。月光の作る海の上の道をなぞり、明け方の樹が輝くのを見て…
不意に、心が震えた。その高さに、そして空から望むトロデーンへの懐かしさのせいかと思ったのだけれど、そうではない。歌い出したくなるような、生きている喜びに心が震える。
いいえ、震えたのは私の心ではなかった。私の心のすぐ横──心の在り処にどこ、というものがあるとしたら──で、喜びに震えていたのは雛の魂。生まれ出ることのできなかった神鳥の子供のものだった。
ああ、飛びたかったのね。鳥があんなに高く空を飛ぼうとするのはそれが生きている喜びだからなのね。
ごめんなさい。助けることができなくて。私たちだけがこんないい思いをして…
不意に雛の声が心に響く。
(いいんだよ、お姉さん。ぼく、こうやってみんなで空をとべてうれしいんだ。だからもっととんで。ぼくからのおねがいだよ)
…ありがとう。そしてごめんなさい。こうすることがあなたへの罪滅ぼしになるとは思わないけれど、それを願うのならいくらでもそうしましょう。
この世界は、あなたのもの。空高く舞い上がり、どこまでも空を渡る。それはただ、あなたのために。


──大空を、飛ぶ。


                                             (終)




2007.5.4 初出









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