禁断の疑問




気が付いた時にはもう、それはエイトの手に握られていた。
「あれっ、お前、それ…」
新しい街に着いてまず手分けして買い物し、さて装備品を、と思ってエイトの部屋へ行ったんだが…
「ん?ああ、これ駄目だった?じゃあ錬金だな」
首を傾げ眉を顰めるオレにエイトは勘違いしたようだ。
「ごめん、後で別なの探してくるよ」
「いや、そうじゃなくてだな」
深く頭を下げられオレは慌てて手を振った。
「これは軽くて動きやすそうだし、使わせてもらう。
…その、お前、今、それをどこから出した?」
馬姫さまにうっかりでも近付こうものなら容赦なく剣やらブーメランやらが飛んでくるという非常識極まりない奴だが、そうでない時は礼儀正しいしいい奴のように見える。自分の非をちゃんと認めるしな。
でも今はそんなことより目の前の鎧がどこからきたのか、だ。部屋に入った時は確かになかったのに、
「わざわざ悪いね」
と振り向いた時にはもう、銀色に輝く新しい鎧を重たそうに手に持っていたんだ。
「どこって…ふくろに決まってるだろ」
きょとんとした顔でエイトはそう言う。
「ふくろって言ってもさ…」
だけどよく考えてみたらおかしいだろ?こんな大きな鎧、いくら分解したっていつも肩から掛けてるそのふくろになんか入りっこねえ。それに重さだ。普通の鎧だったら子供くらいの重量がある。まあ、世の中には魔力を込めた金属を使った軽くて丈夫な鎧もあるらしいが、そういった物にはまだお目にかかったことがない。
「なあ、そのふくろ、一体どうなってるんだ?」
何だか踏み入ってはならない領域に入り込んでしまったような気はするが、乗りかかった舟だ。聞いてしまえ。
「只のふくろだって。ほら」
とエイトは机の上にある件のふくろの口を開いてみせた。
確かに一見、普通のふくろのようだ。薬草から毒消し草、あの隅の方にまとめてあるのは魔法の聖水かな。そういった旅の必需品の隙間から何かの布の切れ端や金属みたいなものが覗いている。
「ふーん」
でもオレは騙されないぞ。こんなぎっしり詰まったふくろのどこに鎧が入る。それに今思い返せば鎧だってちゃんと組み上がった状態で渡されたじゃねえか。絶対何かある。
「ああそうだ。僕も鎧の手入れしておかないと」
オレの鎧で思い出したのだろう、エイトがふくろに手を突っ込んだ──



「どうしたの、ククール?」
…見てはならないものを見てしまったような気がする。っていうか今見てしまったことを上手く話せる自信がねえ。
「い、いいいいいや何でもない。そっ、それじゃオレはこれで」
「ああ、じゃ、夕食で」
平然とした顔のエイトを残し、オレはぎくしゃくと部屋を横切って廊下に出た。

           ※            ※            ※

部屋を出たオレは脱兎のごとく自分の部屋に戻って鍵を掛けた。そして寝床の上に座って今見てしまったことをよく思い出そうとした。
オレの眼、おかしくなってねえよな。
あいつ、今、ふくろから鎧を出したよな。鎧だったよな。確か、ふくろの中に手突っ込んで、ごそごそ探って、
「よいしょっと」
とか言いながら鎧を引きずり出したんだよな。あの小さいふくろから。
旅の間、あいつは薬草や毒消し草を投げてくれたけど、今思うとそれも例のふくろから出てるんだよな。
(いつも道具の準備の怠りのない奴だなあ)
と思っていたんだが、いくら薬草だって百個も詰め込んだらふくろも満杯になってる筈だ。
そりゃ呪文を唱えて傷を癒すにしても精神力の消耗を考えたらなるべく温存して薬草に頼った方がいい。その薬草が大量にあるというのはとても心強いんだが、それがよく分からんふくろから出てるとなると話は別だ。
どうしよう。オレはガキの頃からの癖で膝を抱えて悶々としていたが、こうしていてもしょうがない。後で残りの二人にこっそり相談してみることしよう。

           ※            ※            ※

「そんなのどうだっていいじゃない。便利なんだから」
「兄貴のやることに文句つけるんじゃねえ」
…相談したオレが馬鹿でした。


ああっ、でもあのふくろは一体どうなってるんだ!気になってしょうがねえ!


                                                (終)




2008.1.1 初出









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