温泉に行こう!(前編)




「パンパカパーン!おめでとうございまーす!」
旅の途中、息抜きに(正確には景品目当てで)立ち寄ったベルガラックのカジノ。階段を登り扉を開いた途端、僕たちは盛大なファンファーレと立ち並ぶバニーさんたちに出迎えられ、面喰らった。
「なっ、何、これ!?」
「あら、エイトたちじゃない。ひさしぶりね」
「これは奇遇だな。よくよく縁があるらしい」
驚く僕たちにフォーグさんとユッケさんが近寄ってくる。
「私たちがカジノを引き継いで君たちがちょうど一万人目のお客様なのだ」
「そうそう。で、お兄ちゃんと話し合って一万人目のお客様を温泉に招待しようってことになったのよ」
「へえ…」
確かにカジノが再開してからずいぶん繁盛しているようだ。
「いやそれにしても君たちとはな。企画してよかったよ」
「でも温泉なんてあったか?」
「いや、あっしも聞いたことねえでがす」
「そりゃそうよ。なんてったってあたしたちが新しく作ったんですもの」
「カジノで楽しんだ後は温泉でリラックスしてもらおうと思ってね」
「ふーん…」
「で、どうするでがす?決戦前に英気を養うでがすか?」
「うーん…」
長い旅でみんな疲れているだろうし、最後の戦いに備えて休養も必要かもしれない。でも本当に休養が必要なのは…
「…あの、それ、ちょっと待ってもらえませんか?」
「んー、いいけど?」
怪訝そうな顔をする二人に言った。
「今は先を急ぐ旅の途中なんです。今日ここに寄ったのもグリンガムの鞭が欲しかったからで。温泉は全部終わってからにしたいんです」

              ※             ※             ※

旅が無事終わり、その後のごたごたも片付いてその話をみんなにしたらあっという間に温泉ツアーが決定した。
「どんな温泉なのかしらね」
「トロデのおっさんは誘わなかったんでがすか?」
「うん、誘ってみたんだけど、『若いモン同士楽しんで来りゃええ』って」
皆で温泉に行きませんか、と誘ったんだ。神経痛にもいいらしいし。でもあっさり断られてしまった。
「…おぬしらがいちゃついているところなぞ見たくないわい…」
と聞こえたような気がしたけど、まあいいか。
「じゃ、今回は五人ね。エイト、姫様、ヤンガス、ククール、私の」
「うん、そうだよ」
「どんな温泉なんでがしょうねえ。楽しみでがす」
「有閑マダム…」
ククールがぶつぶつ呟いている。ここに来てゼシカがメラゾーマ連発したりすると困るのでちょっと突いてみた。
「うん?」
我に返ったククールにそっと囁く。
「涎、拭いた方いいよ」
「それにしても変わった建物ね。エイトの故郷のような…でもちょっと違うかしら」
「本当ねえ。初めて見たわ」
幸いククールの呟きは聞こえなかったようだ。何事もなかったかのようにあちらでミーティアたちが話している。
「おおっ、出迎えのお姉ちゃん方も変わった服着てるでがす」
「これはこれでいいな。色っぽいぜ」
出迎えてくれる人たちはみなピンク色のお揃いの服を着ている。制服なのかな?でも見たことのない形だった。強いて言うなら竜神族の民俗衣装にちょっと似てる、かも。
「ようこそ竜探究の宿、空海土(そらしど)へ。本日は皆様の貸しきりでございます」
へえ。それはすごいや。あ、ククールには残念だったか。でも余計なごたごたがなくなっていいかも。
「お部屋に御案内いたします。お荷物は後でお部屋にお運びいたしますので、どうぞそのままで。それからお履物はそちらにお預けください」
えっ、靴脱ぐの?裸足で歩くんだ。
「危なかったでがす。最初履いていた靴下に穴開いてたんでがすよ」
こそっとヤンガスが呟いた。
「くそっ、こんなことになるなら早く言ってくれよ」
ククールは向こうでブーツを脱ぐのに手間取っている。
「裸足で歩くなんて初めてよ」
隣のミーティアが嬉しそうに言う。ちょっとはしゃぎ気味だ。
「大丈夫?冷たくない?」
「ううん、平気よ。気持ちいいわ」
「うん、そうだね」
板の上、そして草で編んだ敷物の上を裸足で歩く感触は慣れてしまうと気持ちよかった。
「当旅館は異国の雰囲気を味わって頂こうというコンセプトの元に設計されております。御不審な点がございましたらなんなりとお申し付けくださいませ」
靴を脱ぐのもその一環か。
「こちらがお部屋でございます」
あれ、椅子がないよ。ああ、レティシアみたいに円座に座るのか。もしかして寝床もそうかな。ミーティアは大丈夫だろうか。
「御婦人方は隣のお部屋でございます。お部屋同士でお話しする場合はそちら零番の紐をお引きください。私どもをお呼びになる場合は一番の紐で」
便利だなあ。トロデーンにも付けてみようかなあ。
「お召し替えなさいますか?」
「「「へっ?」」」
唐突な言葉に三人とも目が丸くなる。
「当旅館ではお客様にお寛ぎ頂けるよう、浴衣のサービスを行っております」
ゆかた?何だろう、それ。
「御婦人方もお召し替えなさっていらっしゃいます」
じゃ、着てみるか。
「あ、オレはパス」
「何だよ、付き合い悪いなあ」
「あっしは着てみるでがす。何事も挑戦してみるでがす!」
ごそごそごそごそ…


「みんな、着替え終わった?」
ひょい、とゼシカが顔を出した。えんじ色の地に山百合の花が大胆に散らされた柄の『ゆかた』を着ている。
「おお、ゼシカの姉ちゃんなかなかいいでがすよ」
「ミーティアは?」
と聞くと扉の陰からすっと頭が覗いた。
「出ておいでよ」
「変じゃないかしら」
そう言いながらミーティアが姿を現す。紺色の地にあやめかな?それとも菖蒲かも、がすっきりしていて可愛らしい。
「うん、似合っててとってもかわいいよ」
大きな声で言うのはちょっと恥ずかしいので近寄ってこそっと囁く。でも途端に頬を染められて、結局バレバレだ。せっかく周りは見てないふりしてくれていたのに。
「そっ、それじゃ温泉に入りに行こうか。…ククール、やっぱりそのままで行くの?」
「おう」
腰に手をやって格好付けているんだけど、裸足に赤い騎士団の服ではいかにも間抜けな感じだよ。
それではまずは温泉だ!


宿自慢の温泉は確かに凄かった。
「すごいねえ」
浴場に足を踏み入れた僕たちは口をあんぐりと開いた。いろんな種類のお風呂にすごく広い露天風呂。向こうの方には砂風呂まである。
「もう何でもありだな」
早速みんなで露天風呂に入ってみることにした。
「外でお風呂に入るなんて、って最初は思っていたんだけど結構いいね」
「風が涼しくて気持ちいいでがすよ」
「それにしてもここはどこなんだろうなあ。ベルガラックからルーラみたいなのであっという間に飛ばされてしまったし」
「まあ細かいことは気にすんなって。いいところだってのは間違いねえんだし」
「うん、そうだね」
と僕がヤンガスの言葉に相槌を打った時だ。気に留めていなかった垣根の向こうから「うふふ」という笑い声が聞こえてきた。
「ん?あれは?」
小さく「姫…お肌す…」とか「ゼシカさ…胸直に…」とか切れ切れに聞こえる。
「お、おい、もしかしてこの垣根の向こうは女湯か?」
浅いところで寝そべっていたククールが急に身を起こした。そしてひそひそ声で僕たちに話し掛けてくる。
「そのようでがすねえ」
ヤンガスは我関せず、といった風情で湯に浸かっている。
「つーことはあれか?この向こうにゼシカのナマチチがあるんだな!?」
興奮し過ぎだろ、それは。っていうかなぜそこで垣根の方に行くんだ?
「趣味悪いなあ。大体そんな覗きなんかしなくても見放題な生活しているんじゃないの?」
「いや、それはそれ、これはこれだ。男のロマンってやつさ。…と、この岩に登れば見えるかも…」
全く懲りないなあ。どうせ顔出した途端ゼシカにメラゾーマ食らって終わりに決まっているのに。
…って、ゼシカだけじゃないんだった!ミーティアもいるのに!ククールなんかにあの玉のお肌を見られてたまるか!
うわ、どうしよう。ギガデインはまずいよな、みんな感電してしまう(お湯に浸かっているから)。といって剣も槍も持ってないし。
あ、あ、どうしよう、もう岩によじ登ってるよ。手元にあるのは…手桶?えーい、うまくいくかどうか分からないけど投げてやれ!
「えいっ!」
バコッ!見事ククールの後頭部に命中。
「でっ」
ポカッ!返る手桶がもう一回、今度は額に当たる。
「ふがっ!わーっ」
ザッバーン!
「初めて見たでげす…」
旅の途中、覚えたものの結局一度も使わなかったクロスカッターだ。
「一度も実戦で使わなかったから忘れたかと思っていたんだけど、案外上手くいくもんだね」
「ぶへっ、お湯飲んじまったぜ。邪魔すんなよ、エイト。せっかくいいところだったのに」
文句を言いながらククールが立ち上がる。
「こんなのバレたら後で全員マダンテの刑だよ。ここまで来てそんなの嫌だからね」
「ちょっとー」
垣根の向こうからゼシカの声がした。
「騒がしいけど何かあったのー?」
「ううん、何でもないよー」
「何でもねえでがすー」
慌ててヤンガスと返事する。ふうー、危ない危ない。
「エイトー、露天風呂ってとっても気持ちいいわー」
あ、ミーティアだ。
「うん、とーっても気持ちいいねー」
と返事をした後でヤンガスが妙ににやにやしているのに気付いた。
「見られたくなかったんでげすね…兄貴…」
「何だ、そういうことか。あ、待てよ。つーことは姫さ…」
「今日はかがやくチーズを食べようか、トーポ。で、そこの人かちかちにしてやってよ」


                                             (終)


2005.9.1 初出 2007.3.2 改定






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