仮面舞踏会





仮面舞踏会


今夜はトロデーンの仮面舞踏会だ。と言っても最近は単に仮装して楽しもう、という感じなんだけどね。
せっかくだし僕たちも仮装を、と思ったんだけど、
「奇抜な格好では下々の者に示しがつきません」
とお付きの方々に止められてしまった。本当はミーティアにレティシアの人の服を着て貰おうと思っていたのに……仕方ないので二人で仮面だけ着けて庭に出る。
トロデーン城の庭はもう、着飾った人々で一杯だ。ドレスに仮面を着けた貴婦人もいれば、何だか怪し気な仮装の人もいる。あっちにいるのはデスセイレスだな……あっ、あれ、ゼシ カだ!
「あっ、気付かれちゃった」
そう言ってぺろりと舌を出す。
「お化粧頑張ったんだけどな」
「でもすごいわ。こだわっていて、とてもいいと思うわ」
「ええ、結構苦労したのよ。ほら、あのモンスターって海の上でしか遭えないでしょ?うちの定期船に毎日乗って、目を皿にして海を見続けたわよ」
「それは大変だったね」
「全くよ。時々船員は誘惑されちゃうし。そう言えばエイ……」
「あっ、ゼシカ、あっちにキングスライムがいるよ!」
実際キングスライムの格好をした人がいたんだけど、本当は話がまずい方向へ逸れて行きそうだったから。あまり大きな声じゃ言えないよな、戦闘中に誘惑されたなんて。
「あれ、もしかしたらヤンガスなんじゃない?」
「そうかも。おーい、ヤンガス!」
手を振るとちゃんとぼよんぼよんと弾みながらこちらへやってくる。
「うわー、よくできているなあ」
青いぷよんぷよんの身体を再現しているのはもちろん、頭に乗っているのは本物のスライムの冠だ。
「いやー、苦労したでがす。こんなに苦労したのはついキングアックス作ってしまった時以来でげすよ」
そうそう、つい好奇心で適当に材料ほうり込んで錬金したのはいいけれど、その直後店で売られているのを見て、激しく落ち込んだんだっけ。
「すごいわ」
「うん、本当にすごいよ」
「兄貴にそう言っていただけると苦労した甲斐もあったってもんでげす」
ヤンガスも嬉しそうだ。
「エイト、ちょっと」
ゼシカがあまり指差したくなさそうにしつつも指し示す先に見覚えある人影がある。仮面で顔を隠しているものの、みんながドレスや礼服なのにその人だけ鎧だ……あっ、あの形はもしや!
「よう」
やっぱり。ファントムマスクにダンシングメイルのククールだ。
「なんっつーかこう、もっといい仮装すりゃいいのに」
「これが一番落ち着くんだよ。それにいいだろ?これ仮面だし」
ああククール、僕が悪かった。最後の最後までその格好させてて。
「おっ、ゼシカもしやそれは!?ぜ、是非オレにぱふぱ……」
「ラリホー」
「むにゃむにゃ……」
一瞬でも可哀想とか思わなければよかった。よく考えたらあいつ、本当に嫌だったら絶対着ないし。不格好な鎧なんてどんなに性能良くても拒否してたっけ。
とりあえずこんな場所で寝ていると邪魔になるな。隅の方へ引き摺っていって城壁に立て掛けてやっているとあちらで巨大な影が立ち上がった。
「うわっ、竜だ!」
「すごい、よくできているなあ」
「何人か組んでやっているんだろうなあ」
客は皆、仮装だと思って呑気ににしている。でもあれは本物だ。あんなことするのは一人しかいない。
「お祖父さん!」
急いで傍に行き、小声で注意した。
「人界でその姿になったらまずいんじゃなかった?竜神王様に怒られるよ」
竜はこちらを見て明らかに笑い(でも普通の人が見たら吠えようとしているように見えただろう)、空に向かってピンク色の炎を吐いた。
「おおっ、すごい!中に魔法使いが入っているのか?」
「ピンク色の炎なんて初めて見ましたわ」
周りはやんやの大喝采だ。それに気を良くしたのか、色んな色の炎を吐いて見せる。でもその強さときたらゼシカが気合を溜めて打ったベギラゴンにも匹敵しそうな勢いだ。最後に、
「ふう」
と鼻息を出すと、それはハート形の煙となって夜空へ消えて行った。
拍手喝采の中、僕は竜と目が合ったような気がした。僕と同じ茶色がかった黒い眼だった。その中に少し寂しそうな光が見えたような気がしたんだけど、すぐ翼を広げ飛んで行って
しまったのだった。
「あれ、グルーノさんよね」
「何だか色んな芸をしてくれたでげすなあ」
「でもよかったのかしら……人と関わってはいけない、って聞いたわ。だってそれで……」
ミーティアの疑問はもっともだ。それで僕の両親は引き離されたのだから。
「そうだよね、それに何がしたかったんだろう。今度里に行った時にそれとなく聞いてみるよ」
「ええ、そうね」
「むにゃ生ぱふ……はっ、オレとしたことが!ところで何で皆盛り上がっているんだ?」
漸くククールが目を覚ます。

            ※           ※           ※

「ん?ワシゃずっと里におったぞ」
あれからしばらくして竜神族の里に二人で行った。早速祖父を問いつめたんだけど……
「大体何じゃ、そんな楽しそうなことがあったとは。呼んでくれればよかったのに」
と拗ねられてしまった。
「ごめんなさい……」
「じゃああれは誰だったのかしら」
「里の者でもないぞ。その日は皆おったでな」
「作り物だったのかなあ。それにしてはよくできていたし」
「火を吐いたり空を飛んだりしたんじゃろ。それができる呪文の使い手なんぞそうそうおらんぞ。ほれ、お前さんと一緒に旅していたナイスバディーのお嬢さん、あの子が使う呪文くらいの威力があったんじゃろ」
そうだよなあ、あれくらい威力のある呪文を操れるのはゼシカぐらいだよなあ。それに彼女にしたって炎の色は橙色一色だったし。
「じゃあ一体誰が……」
「まさか……」
ずっと黙って僕たちの会話を聞いていたミーティアが急に口を開いたのでびっくりした。
「何?どうしたの?」
「ううん、大したことではないの。ただ、あの宴って元々は亡くなった人々の魂が戻って来る日だから、さり気なく紛れ込めるように皆仮装してお祭り騒ぎしましょう、っていうことだったから。だから、もしかして……」
「……」
「……」
僕と祖父は顔を見合わせる。
「じゃああれは……」
「……そうじゃ」
何か思い出したのか、ぽんと手を打った。
「色んな色の炎を吐く者を知っておった」
「『知っておった』?」
「そうじゃ。懐かしいのお。一番最初に竜に変化した時、あれは口から出た青と橙の炎に驚いて、すとんと転びおった……」
懐かしさからか目が細められた。
「……そうだったんだ」
その人はきっと、僕にとっても大切な人。
「じゃあ僕たち、そろそろ行くよ。お墓にも寄りたいし」
「うむ。またおいで。おいしいチーズを用意しておくからの」
「はい」
「はい」
挨拶して外に出た。里には緑が戻り始めている。元の姿を取り戻すのももうすぐだろう。僕の母さん─母上が子供だった頃のような里の姿を。


                                             (終)




2005.11.18〜2005.11.24 初出 2006.8.26 改定









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