決戦の空に



今度こそ、負けない。


以前、空に浮かぶラプソーンに挑んだ時は四人とも払い飛ばされ、気付いた時にはどことも知れない─後で竜神族の里へと続く道だと知ったんだけど─洞窟に転がっていた。戻るにも戻れず、強力な魔物と戦いながらよれよれになって辿り着いた先は、思いもよらない場所だった。
人であり、竜でもある、竜神族。暗黒魔城の片隅で見つけた本の中に彼らの記述があった、古い種族。それ以上に信じ難い真実がここにあった。
色々あって、竜神王さまと僕の祖父─生きている親族がいるなんてことも思いがけなかった─から聞いた話は余りに衝撃的で、未だに心のどこかでは信じきれていない。まあ、一番の衝撃だったのはあのトーポが僕の祖父だった、ってことなんだけど。
その他の、竜神族と人間の血を引くとか、父はあの行方不明になったサザンビークの王子だったとか、そういったことはむしろ今ひとつ遠いできごとにしか思えなかった。それでも今まであった色んな事を考え合わせると、それが真実だったのだと思わざるを得ない。
そういった流れの中で、僕たちはラプソーンを倒すために旅をしていることを竜神王さまに話した。すると、
「ならば、稽古台になってやろう」
と言ってくださり、僕たちはありがたく─ククールはぶつくさ言いながらだったけど─その申し出を受けたのだった。
最初のうちは何度も挑んでは負けということを繰り返していたけれど、その内竜神王さま相手に勝ってご褒美が貰えるようになったある日。
「もう負けることはあるまい。心して行けよ」
との竜神王さまの言葉をいただいた。貰った武具の類の全てが竜神族の血を引く僕だけにしか使えないものだったことだけが気になったけど、それももう、戦いの前には何の意味も為さない。
そして今、決戦前の最後の憩いにこうしてあの泉のほとりにいる。
疲れを癒し、それぞれに装備を整える。ヤンガスはいつも着ていた黒い衣を脱いで頑丈な鎧へと着替えた。複雑な意匠の凝らされた広刃の斧を背負う。ククールもいつものふざけた─当人は身軽に動けると非常に気に入っているらしいけど─格好ではなく、まるではぐれメタルのように軽いのに頑丈で呪文にも強い鎧を選んだ。大神の弓を抱えたけど、盾だけは女性の祈る姿の刻まれたものなのは奴らしいと言えばらしいかな。ゼシカもまた、身軽さよりは呪文への強さや熱、冷気に強く丈夫なローブを着込んだ。竜の皮でできているっていってたけど、この世界にいないのにどうやって作ったんだろう。カジノの景品のくせにものすごく強力な鞭をしならせている。
そして僕は竜神王さまから貰った鎧に身を包み、祝福を受けた、古い文字を刻み美しい刃紋を描く片刃の剣を背負った。今度こそ、負けないとの決意を込めて。
「おっ」
僕の背中に目を留めたククールがにやにやしたけど、ゼシカに思いっきり足を踏まれて涙目になっている。
最後に冑を被ろうとして、ふと手を止めた。
「姫様」
静かに呼びかけると、ミーティアは心配そうな眼をこちらに向ける。
「では、行ってまいります」
そう言った後、さっき袋にしまったバンダナをまた取り出してミーティアの前足に結びつけた。
「ヒン?」
「勝って戻ってまいります。必ず」
あなた様のために。
心の中で付け加える。必ず勝って帰ってくる。だから、それ以上は言わない。
「みんな」
向き直る。心は、静かだった。決戦を前にして何にも揺るがない。こんな感覚は初めてだった。怖いという思いはどこにもない。逸る気持ちも、ない。
「必ず、勝って四人揃って帰ろう」
「合点でがす!」
「おう!」
「もちろんよ!」
そう、最後にすべきはただ勝つことのみ。

            ※            ※            ※

それでもなお、ラプソーンは強い。前よりはずっと手応えを感じるけど、それでも間が悪いとあっという間に体力のないゼシカが倒れそうになる。
「畜生め!」
すかさずククールが回復の呪文を唱えるが、今度は奴の両手が打ち付けられ、今度は全員が吹っ飛ばされる。
「させるか!」
剣を支えに踏ん張り、反撃に出ようとした…
「兄貴!」
が、ヤンガスが悲鳴に近い叫びを上げ、僕に向かって回復の呪文を唱える。
「ヤンガス、いいからククールやゼシカに…」
と言いかけ、蚊の鳴くような声しか出てないことに気付く。あれ、僕、そんなに酷い状態だったのか…?
「ふははははは、愚か者め。そんなに弱っていては剣も握れまい」
ラプソーンが嘲笑する。でもそれに答える気力もない。
(ここまでなのか…?僕は、ミーティアへの誓いも守れず…)
力が入らない。勝って帰ることもできず、ここで…?
(ミーティア)
そうだ、僕は誓ったんだ。
(ミーティア!)
僕はまだ、死ねない。トロデーンの、あの方の元へ帰る。そのために、お前を倒す。
「うぉぉぉぉぉ…」
「おい、エイト?」
身体の奥から何かが込み上げてくる。懐かしいトロデーン、美しい世界、優しい人々…そしてミーティアを、このまま壊させたりさせるものか。さっきの攻撃でポケットからこぼれ落ちたトーポが、同じく袋から転がり出た何かのチーズを頬張る。一気に吐き出した息は、癒しの息。あっという間に身体中の痛みが引いていく。
「頼んだわよ!」
同じく体力を取り戻したゼシカが、僕に向かって何か呪文を唱える。と、たちまち力が漲ってきた。
「うははは!何度挑んでも無駄なことよ!我が力の前におまえらは虫けらのように死ぬのだ!」
「させるか!」
振り下ろされようとしている手に向かってククールが矢を連射する。ラプソーンは鼻で嘲りつつもやはり疎ましかったのか、その両手で矢を打ち払いにかかった。その隙に、ヤンガスが斧で守りを切り崩しにかかる。
「兄貴、今のうちに!」
「ありがとう、みんな!」
剣に向かって力を込める。天の雷をこの刃に…
「エイト?」
「あ、兄貴?」
剣よりも別のもの、もっと強い力が湧き上がってくる。
「どりゃあああああっ!」
血が奔騰する。身体の中に眠る何かが起き上がる。力の向かうそのままに、上げた喊声は、竜の咆哮。
「何?!貴様、もしや…」
「でやぁぁぁぁぁっ!」
身体の中に残る力の全て奴に向かって叩きつける。駆け抜けていく力は竜となって、ラプソーンに襲い掛かった。
「や、やめろ…ぐはあっ!」
初めて恐怖に顔を歪ませる奴の顔を見ながら一気にその腹を突き破る。確かな手応えを感じ、気付いた時にはレティスの背に戻っていた。
「やったか?!」
ククールの声に、膝が崩れ落ちそうになりながらも前を見据える。
「ば…馬鹿な…虫けらどもにこんな…」
「させねえ!」
ヤンガスが僕の前に立ちはだかり、身構える。
「大丈夫だ」
剣を支えに立ち上がる僕の視線の先でラプソーンの体が膨れ上がる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!」
との叫びを残して一気に光が噴出し、凄まじい音で爆発した。爆風に飲み込まれるかと思った瞬間、レティスが空高く舞い上がる。もう、暗黒神のいなくなった空に。
「勝った…のか」
この空の、海の、大地のどこにも奴はいないんだ。
「これで、もう…」
トロデーン、懐かしいトロデーン。あの方のいらっしゃるべき、美しい場所。
「勝ったんだ…」
世界を救ったということより、トロデーンの仲間を、王様を、そしてミーティアを助けることができた喜びがこみ上げる。そして懐かしい場所へと帰っていける喜び。
帰っていけるんだ、あの場所へ。僕の懐かしい場所へ!


この時はまだ、ただ帰る喜びばかりが先に立っていた。トロデーンの復活が何を意味するのかを考えもしないで。


                                          (終)



2008.9.19 初出




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