十五の想い




十五の想い





先日僕は近衛兵に昇進した。
十五で近衛兵になるというのは今まででもかなり早い方で、それに加えて貴族でないばかりか身寄りのない自分が近衛兵になるということは今までにないことだと聞いている。王に近侍してその身を守るため、ある程度以上の武芸の心得が必要とされるためだ。でもそれ以上に家柄や容姿が重視されることを知っている。美と威厳で王の権威を守るのが近衛兵なのだから。
なのでなぜ自分が近衛兵になれたのか不思議でしょうがない。僕は少しでも王家の皆様の─特にあの方の─お役に立ちたくて懸命に武術の稽古を重ねていた。何か災いが起こったら身を挺してお守りできるように。でもそれは一般の兵士として。自分の立場を考えたらそれ以上は望むべくもないのだから。
この青天の霹靂のような人事に周りは「よかったな」「大出世だね」と喜んでくれたけど、僕には今一つぴんとこない。なぜこの僕が?


僕には身寄りというものがない。気付いた時にはもう自分の名前と年令しか覚えていなくて、ひとりぼっちだった。自分はどこから来て、どこに行こうとしていたのか、自分は何者なのか分からないままさまよい、この城の門前で倒れていたところを助けられて今日に至る。
ここに住み込みで働くようになってもう七年。城の方々は記憶のない僕にも親切だった。仕事の傍ら、読み書きや簡単な算術を教えてくれ、武術の稽古もつけてくれた。そしてあの方…
この城には僕と同い年の人は一人しかいない。ミーティア…様、この国の王女様だ。幼い頃はそんな身分の違いがあることも分からず城の外で転げ回って遊んでいた。時にはトラペッタに足を伸ばしたり、トロデーン西教会まで行ったり、この城に来るまでの記憶が無いことなどすっかり忘れて。あの方と出会うことができて僕は本当に幸せだった。
そう言えば「将来結婚しようね」って誓ったことがあったっけ。何も知らなかったんだな、あの時の僕。いつまでも子供の約束を覚えている今の自分も馬鹿気ているけど。
あの方には生まれる前から定められていた婚約者がいる。それに、何の身分も持たない自分があの方を望むなんてあってはならない。今までのことは「子供だから」とお目溢ししてもらっていただけなのだから。


自分の想いが禁じられる類いのものであると知ってからはなるべくあの方を避けてきた。そうでもしないとますますあの方を想ってしまうから。あの方を想ってはならない、決して想うまいと心に誓ったはずだった。にもかかわらず少しでもあの方の近くにいたいと思ってしまうのはなぜなのか。
かつてあの方への想いが何であるか知った時、同時に身の内に湧いた自分の感情が恐ろしい。
破壊的なまでに強いその感情の奔流はそれから度々僕を悩ませるようになった。能うる限り近くにいたい、その焼け付くような思いに引きずられて三階テラスでの見張りの度、つい窓の近くに寄ってしまう。部屋の中の音が聞こえないか、聞こえたら聞こえたで何をしているのか、全身を耳にして聴かずにはいられない。
運良くピアノの練習時間に居合わせることができた時は幸せで、でも苦しい。ピアノの音にはあの方の思いが溶け込んでいて、僕の心を狂おしく掻き乱す。
『お慕い申し上げております、ミーティア様!』
と叫んでしまいたくなる程。
耳を塞いで聞かずにいることができたなら。でもそんなことはできはしないのだ。吸い寄せられるように聞き入ってしまう。毒だと分かっていても飲み干さずにはいられない甘い水のように。


お役目なのだから手を取らなければならない時もある。馬車から降りる時、階段を下る時。その時毎に「エイト、手を」と言われる。そんなことでもなければあの方の手に触れることなど叶わないんだけど、でもそれが、辛い。
あの方の柔らかでほっそりとした手が僕の手に乗せられる度に心が震える。握ることは許されないその手をしっかりと押し包み、そのまま胸に抱き寄せて唇を奪ってしまいたい。細く華奢な身体を折れんばかりに強く抱き締めてしまいたい。どこか遠くへ攫って僕一人のものにしてしまいたい…


こんな思いを抱く自分が汚らわしい。こんな僕があの方の澄んだ碧の瞳の前に立つ資格なんてない。ましてやその微笑みを受ける資格なんて。
なのにどうして僕はあの方の姿を追わずにはいられないんだ!


…こんな浅ましい自分にはいつかきっと罰が下るだろう。誰が知らずとも僕が知っているのだから…
                                        (終)






2005.3.17 初出 2006.12.30 改定
 









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