ある夜に〜巷説竜物語




「昔々とあるお城にそれは美しいお姫様が住んでおられました。そのお城の隣の城には竜が棲んでおりました。ある日、人間を滅ぼしてしまおうと思った竜はお姫様を攫って閉じ込めてしまいました。でもそこへ一人の勇者が現れて、お姫様を助け出し、竜を退治したのです。勇者は助けたお姫様と結婚し、幸せに暮らしました。めでたしめでたし」

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「どうして竜はお姫様を攫ったのかしら。人が邪魔なのだったら、お城ごと焼き滅ぼしてしまった方が簡単だったと思うの。がおーって」
ミーティアの鳴き真似にエイトはちょっと笑うと、言った。
「うーん、そうだね…ま、昔話だし。でも、その話の本当のところはきっと、こうなんだ」

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「昔々とあるお城にそれは美しいお姫様が住んでおられました。そのお城の隣の城には竜が棲んでおり、竜は毎日そのお姫様を見ておりました。生まれてからずっと。小さな頃から可愛らしかったお姫様も、成長なさってそれはお美しくなられ、他の国へ嫁ぐことが決まりました。竜はその時、ずっとお姫様が好きだったことに気付きました。たくさん持っていた宝物よりずっと大切で、他の何かと交換することなんてできないくらい、お姫様が大切だったと知ってしまったのです。そして竜はお姫様を攫って自分の棲むところへ連れていったのでした」

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「それから?どうしてそんなに好きだったのに結婚しなかったの?」
「竜はすごくお姫様を好きだったから。竜はお姫様を好きだったけど、お姫様が竜を好きになってくれるかどうかなんて分からないでしょ。それに…」
「それに?」
ちょっと口籠ったエイトに先を促した。
「…怖かったんだと思う。ヒトが竜を好きになってくれる訳がないと思っていたんじゃないかな。『嫌い』って言われるのは怖くて、でも他の人と結婚してしまうのは辛かったから、ただそっと閉じ込めていただけだったのかも」
「そう…」
「うん…」
しばしの沈黙の後、ミーティアが口を開いた。
「あのね」
「なあに」
「ミーティアも、本当のお話を知っているの」

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「昔々とあるお城にお姫様がおりました。お姫様はずっと、隣のお城に棲んでいる竜がこちらを見ていることを知っておりました。最初は少し怖いと思っていたのですが、よく見るとその眼はとても寂しそうで、可哀想に思いました。そこで城壁に出る時はいつも、竜に手を振ってあげていました。そうすると竜がとても嬉しそうな顔になるので、お姫様は何だか、お友だちになったような気がしていました。
お姫様が大きくなると、他の国の王子様と結婚することが決まりました。でもその時、お姫様は人間である王子様よりも、竜の方がずっとずっと好きなのだと気付いてしまいました。そして、お姫様を攫いに来た竜と共にお城から逃げ出し、いつまでも一緒に幸せに暮らしました」

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「じゃあ勇者はどうなったの?」
「勇…勇者さんもね、最初はお姫様を攫った悪い竜だと思って退治しようとしたのだけれど、二人が幸せに暮らしているのを見て最後はちゃんと分かってくれたの。もう二度と、この国には近付かないことを条件に竜とお姫様は遠くへ行ったの。そして勇者さんは竜の鱗を一枚持ち帰って、『竜を退治した』と言ってくれたのよ」
勇者の存在を失念していたのかもしれない。ミーティアは慌てた様に話を付け足した。
「そっか」
「…誰も、二人を引き裂いたりはしなかったの。だから、二人は今も、どこか遠くで幸せに暮らしている筈よ」
しばらくの間、沈黙が落ちた。
「…ミーティア」
「なあに」
「僕でよかった?」
「ええ、もちろんよ。どうして?」
「……………僕が、ヒトでなくても?」
「うふふ」
さり気ない風を装うエイトの言葉にミーティアは軽やかに笑ってみせた。
「何?」
「言ったでしょう?『お姫様は、竜がずっとずっと好きでした』って」
と言いざま、エイトの頬にちょんと口づけを落とす。
「……」
「エイト」
「…何?」
赤くなった頬に手を当てながら、エイトは応えた。
「ずっとずっと一緒にいましょうね、エイト」
思いがけない優しい言葉にエイトは思わず腕の中のミーティアをしかと抱き締めていた。
「…ありがとう…ミーティア…ずっと一緒にいるよ」


                                                  (終)



2007.7.4 初出









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