草上の食事





草上の食事




ラパンさんからの依頼を受けた私たちは、キラーパンサーに乗ってそれらしい場所に辿り着いていた。
「ここで明け方まで待ってりゃいいのか?」
「うーん、そうだと思うんだけど…」
ククールの疑問ももっともだと思う。だって四匹のキラーパンサーの像の視線が交わる場所って言われたけれど、ここには何の目印もないんだもの。エイトが歯切れ悪くなるのも仕方ない。
「そもそもあんなところに寄るから余計なこと頼まれてんじゃねーか。好奇心も大概にしろよ」
「おい、兄貴に文句言うんじゃねえ」
エイトに愚痴の矛先が向かったと思った瞬間、ヤンガスが凄んだ。
「文句言っている暇があったら野営の準備でもしろ」
「あーはいはい」
うーん、上手いわ。お子様よろしく文句ばかり言うククールをあっさり黙らせるなんて。自分より年下のエイトを兄貴と呼んでいるあたりは変だけどね。でも、ヤンガスって一体何歳なのかしら。あのゲルダさんとお知り合いなんだし…そういえばゲルダさんも年齢不詳だったわ。
「そうね、木が出てくるまで待たなきゃならないんだし、せめて楽にできるようにしてましょ」
「そうじゃな、ゼシカの言う通りじゃ。ほれ、喧嘩せんでさっさと野営の準備せい」


薪を集めて火を熾したところでそれぞれ夕食の準備に散った。取り合えず火の様子を見た後、水を汲みに水辺に行くとエイトが真剣な顔で水面を見詰めている。
「エイ…」
呼びかけて、飲み込んだのは他でもない、姫様が一緒に水面を覗き込んでいたからだった。人と馬、と言うにはあまりに人らしく、主と従者というにはあまりに親しげな様子に声を掛けて邪魔するのは憚られて、そっとその場を立ち去る。
途中、適当な場所で水を汲んで火の側に戻るとトロデ王様だけが座って火の番をしていた。
「おお、ゼシカか。魔物には遭わんかったかの?」
確かに元王様だけあって、横柄な物言いをする。最初はいちいち腹を立てていたんだけど、案外的確な指示をくれるのよね。今は煩がりつつもちゃんと話は聴くようにしている。
「ええ。ヤンガスとククールは?」
「奴らは狩に行きよった。ワシに火の番を押し付けての。この姿でなければトロデーン一の狩の腕前を披露してやれるというのに…」
ぶつぶつ愚痴り始めたので適当に聞き流しつつ鍋に水を入れようとした。が、その時突然声を掛けられて手が止まった。
「エイトと姫はどこにおったかの」
「えっ」
「ほれ、気を付けんかい。水が零れとるぞ」
「あ、いけない」
気を付けないと。水を汲みに行くのも結構大変なんだから。
「それで、あの二人はどこにおったかの」
「どうして二人一緒にいるって…」
言った後ではっと口を覆う。急なことでつい動転し、二人が一緒にいることまで明らかにしてしまった。トロデ王様は人の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。
「『ヤンガスとククールは』と言ったじゃろう。それでエイトと姫には会ったと分かったのじゃ。じゃが二人一緒だったとは知らなんだ」
「えっと、その…」
言うべきではなかったのに、と慌てて取り繕うとするのを制し、続ける。
「ワシは悪いとは言っとらんぞ。エイトも漸くそこそこの強さを見せるようになってきおってまあ心配はなかろうし」
何かずれているような気がするんだけど、まあいいかしら。
「それで、何をしておったかの」
でも追求はしたかったみたい。やっぱり気になるのかしら、年頃の子供がいると。
「そこの川辺で何か釣っていたわ。姫様は横で物珍しそうに覗き込んで」
「そうか」
と王様は頷くと、
「今夜は野宿じゃ、せめて美味しい夕食を食べるとしようぞ」

                ※              ※              ※

その日の夕食は思いの他豪華なものになった。ククールとヤンガスの狩はうまくいったらしく、野ウサギを二羽仕留めてきてくれた。それをエイトがハーブを詰めて木の葉に包んで火の下に埋めて蒸し焼きにしてくれる。私が摘んだ野イチゴはソースになった。エイトも鱒(ます)を数匹とザリガニをたくさん釣ったらしく、塩とハーブでバター焼きにした。何しろバターとチーズには不足しない旅だったし。
「王様、こちらを」
とエイトが差し出したカップには何とスープが入っている。
「ほお、久方ぶりじゃの、斯様なスープを食すのは。何のスープかの」
嬉しそうにカップを覗き込む王様にエイトは困ったような顔をした。
「はい、あのう、恐れながら、ザリガニのクリームスープでございます」
「えっ、ザリガニなんて食えるのかよ。あんなのてっきり豚の餌だと思ってたぜ」
ククールは尻込みしたけど…案外美味しいんじゃないかしら、これ。
「本来はワタリガニと手長エビで作るものなのですが…古いパンを使ってしまいたかったので」
「うむ、めでたき鄙(ひな)の珍味じゃな。さて、食すとしようかの」
王様の言葉を潮にそれぞれ火を囲んで座る。語らいながら食べる食事はとっても楽しかった。
「そうじゃ」
ふと何か思い出したように、トロデ王様がにやりとした。
「おぬしかつて姫とザリガニ釣りしたことがあったの」
「えっ、あのっ、は、はい」
不意を突かれてエイトは動揺している。
「懐かしいのう。二人とも泥まみれで帰ってきたと思えば、おぬしのポケットからはザリガニが大量に出てきて」
その言葉は単に過ぎ去った昔を思い出しているだけのものだったけど、エイトは畏まった。
「も、申し訳ございませんでした。分別がつかない子供であったとは言え、トロデーンの王女様たる姫様をそのようなことに巻き込んでしまって」
「いいのじゃよ。聞けばそのうちの数匹は姫が釣ったというではないか」
「お、恐れ入ります…」
今明かされる姫様衝撃の子供時代。エイトはますます畏まった。
「さすがにあの時は驚いたものじゃが。じゃがのう、おぬしと外に出て遊ぶようになってからというもの、姫はすっかり健康になったのじゃよ。それまではしょっちゅう熱が出たり酷い咳が止まらなくなったりと大変じゃったのに」
ずっと頭を下げていたエイトがはっと顔を上げる。視線の先で王様がにこにこしていた。単に美味しい食事で機嫌がよくなっていただけなのかもしれないけど。
「それだけでも価値のあることなのじゃよ」
「はっ、ありがたきお言葉にございます」
王様の側に近寄ってきた姫様が肩にそっと頭を乗せる。まるで父親に甘える子供のように。
「おお、姫もそう思うか。良い家臣を持ったの。拾った時はこうなると思わなんだ」
こうして見ると緑のおじさんもちゃんと王様に見えるから不思議よね。普段のほほんとしているエイトもここはちゃんと家臣の顔になっている。その顔を見ているうちに胸の奥に痛むものを感じた。
エイトがトロデ王様に忠誠を誓っているのは本当だろう。きっと心底剣を捧げているに違いない。では、姫様へは?ただの忠誠心以上のものを抱いてはいない?そしてその想いは許されるものではなく、決して報われないものだと分かっているのかしら?
…いいえ、分かっているでしょう。姫様を見遣るエイトの眼には敬いと思慕、そしてそれを抑え隠そうとする思いが見え隠れしている。分かっていても抑え切れるものではないのかも。
もしこの旅が終わったら、王様はどうするのかしら。おとぎ話では姫君を助けた勇者はその姫と結婚するものなんだけど。
でもサザンビークの王子と婚約しているんじゃ…余程相手が酷いかエイトの立てる功績が大きいかでないと駄目なのかな。


エイトも大変よね。旅だけじゃなくてそれ以外にもあれこれ考えなくちゃいけないなんて。大して年が違う訳じゃないのに。
私は今までずっとそういうことは考えないようにしていたし、これからもそうだと思う。だって今は一日も早くあいつを倒したい。兄さんの命を奪ったあいつがのうのうと生きているなんて許せないもの。
今は、それだけを…!


                                          (終)




2007.2.2 初出









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