雪の日





すごい雪でがすねえ。あっしはずっとパルミドで育ってきたもんで、こんなにたくさんの雪を見たのは初めてでがす。でもメディばあさんのヌーク草の茶のおかげでぽかぽかで歩いていたんでがす。
「すばらしいのう、このヌーク草とかいう茶の効き目は。よし、復興の暁には我がトロデーンでも育てようぞ」
おっさんが御者台で一人ぶつぶつ呟いていやした。まあ、あっしらも慣れたもので「はあ」とか適当にあしらっていたんでがすが、急に兄貴を呼んだんでがす。
「これ、エイト」
「はっ」
それまで足場を見ながら慎重に馬姫様の轡を取っていたんでげすが、急に振り返ったんでがす。が、その途端馬姫様が氷でも踏みつけたんでがしょう、よろけたんでがす。
「あっ、姫様」
馬が転んで骨でも折ろうものならえらいことになるでがす。兄貴は慌てて首を抱いて支えようとしやした。
「痛っ」
何とか馬姫様を支えきったんでがすが、今度は兄貴が足を挫いてしまったんでがす。
「兄貴!」
「ヤンガス…大丈夫。袋から薬草取ってくれないか」
「合点でがす!」
薬草を渡すと、兄貴は眉を顰めながら靴を脱ぎ、手早く足首に貼り付けやした。と、馬姫様がつと進み出て兄貴の肩に頭を乗せたんでがす。
「姫様?」
怪訝そうな兄貴に「ぶるるるる」と鼻を鳴らす様は、明らかにしょげていたんでがす。兄貴もそれに気付きやした。
「姫様、どうかお気になさいませんよう。薬草も使いましたし、大したことはございません」
「ヒン…」
どう見ても馬なんでがすがねえ、時々兄貴とおっさんとはちゃんと話が通じているように見えるんでがすよ。まあ中身は人なんでがすがね。
「うーむ、これは盲点だったの。次の街に着いたら滑り止めの付いた蹄鉄か何か探した方がよいじゃろうな」
「はっ、直ちに」
おっさんも少しは気にしたのか、前に出て様子を見ていたんでがすが、大丈夫そうだと思ったのかさっさと御者台へ戻りそんなことを言っていたんでげす。そんなことより兄貴の足でがしょうが。全く人遣いが荒いんでがすから…
「そうね。私たちも滑り難い靴にした方いいかも」
「おっ、それはオレを心配してくれているのか、ハニー?」
「誰がハニーよっ」
ゼシカの姉ちゃんの意見ももっともでがす。まあその後のククールの奴とのやり取りも毎度のことでがすが。
「ゼシカ、頼むから無駄に呪文使わないでよ。この先どんな魔物が出るか分からないんだし」
「分かってるわよ。あーでも氷漬けにしてやれたらどんなにすっきりするかしら」
怖い、怖いでがすよ。強ち冗談とも言い切れないところがまた。兄貴もそう感じたんでがしょう、寒さだけとも言い切れない身震いを一つして、
「止めちゃってごめん。さあ、行こうか」
と先を促したんでげした。

            ※              ※              ※

オークニスとか言う街に着くと、あっしらは早速買い物に走ったんでげす。もちろんメディばあさんの使いを忘れた訳じゃあねえんでがすが、届ける本人がいないんじゃ仕方ねえ。探しに行くにしても装備をちゃんとしておかねえと返り討ちにされそうな程、ここいらの魔物にはてこずらされていたんでげした。
あれこれ買い込んで財布もすっかり軽くなった頃、
「ちょっと先行ってて」
と兄貴が顔を赤くしながら近くの店に入っていきやした。見ると女物の服や小物を扱う店のようでがす。
「あっしも行きやしょうか」
と言ったんでがすがねえ。
「いや、いいよ。恥ずかしい思いをするのは一人でいいから」
一人で入る方がもっと恥ずかしいと思うんでがすがねえ。
そんなこんなで店を出て来た兄貴は何か包みを隠すように持っていやした。それをククールが目敏く見つけたんでがす。
「おっ、何だ?ついに伝説のエッチな下着でも…」
「うるさいっ!」
兄貴の雷が奴の頭上で炸裂したんでげした。

            ※              ※              ※

次の朝、宿を出て馬車のところに行くと、案外元気そうなおっさんが待っておりやした。
「おお、早かったの。温石(おんじゃく)とかいうもののおかげで一晩中暖かじゃったぞ。さて、行くとしようか」
そういえば宿の暖炉に石が入って真っ赤に焼けていやした。時々取り出して布に包んでどこかに持っていってやしたが、それだったんでがすね。
「その前に、その…」
と、兄貴が袋から取り出したのは昨日の包みでがす。
「何じゃ?滑り止めの蹄鉄は昨日打ち換えておった筈ではなかったのか」
「はい、あのう、恐れながら、この雪では姫様も寒かろうと思いまして…」
と包みから出したのは真っ赤な毛糸のレッグウォーマーでげした。
「足首の辺りを覆うだけでも少しはお楽になられるかと。このような色しかなかったのですが…」
「おお、それはよい考えじゃ。姫、どうかの」
怖ず怖ずと馬姫様の前に差し出すと、嬉しそうな嘶きが返ってきやした。
「では失礼いたします」
白い馬体に赤い毛糸の靴下は何とも目立ちやす。
「まあ、かわいい。私も買ってこようかな」
ゼシカの言うことももっともなんでがす。が、この寒空の下いくら魔法で守られているからとはいえビキニ一枚でうろうろしていたら見ているこっちが寒いんでげすが。
「お待たせ」
そこへ何やら用事があるとかで遅れていたククールが合流しやした。と、馬姫様の足に目を遣るとにやりと笑い、兄貴の肩を一つ叩いたんでがす。
「さあ、行こうか」
ぷい、と横を向いた兄貴でげしたが、まんざらでもない顔でそう声を掛け、今日の旅へと出発したんでげした。


でも、四つの靴下のうち一つだけ編みが緩かったんでげしょう。歩くうちに前足の片方だけが下がってくるんでげす。それを兄貴が直してやるのでがした。


                                    (終)




2007.1.11 初出









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