二人の冒険6





6.


手燭の蝋燭が燃え尽きる頃、二人は漸く厨房に辿り着きました。厨房はすでに大騒ぎになっておりました。
「ひ、姫様ぁー!」
あちらでミーティア姫付きのメイドが泣き崩れたかと思えば、
「エイト、このバカタレがっ!」
こちらで料理長が怒鳴ります。
「まず王様にご無事をお知らせせよ!」
「はっ!」
侍従の言葉に兵士が走っていきました。
「エイト、すぐに王様の部屋へ行きなさい。姫様はお着替えになってご朝食を」
侍従がエイトに向かってそう言いかけましたが、すぐ姫に遮られました。
「いいえ、ミーティアもお父様のお部屋へ行きます。どうしてもお話ししなければならないことがあるの」
「はっ!」
「じゃ、行きましょ、エイト」
「うんっ!」
二人は手を繋いで元気よく厨房を出て行きました。その様子を他の者たちは唖然として見送ります。どちらかと言えばエイトは愛想のない、暗い子供のように思われておりましたから。


トロデ王は寝室におりました。昨夜扉越しにいびきを聞いてしまったことを思い出してエイトは吹き出しそうになりましたが、何とか神妙な顔をこしらえます。
「エイト、おぬしは昨夜一晩中何をしておったのじゃ。その上姫を連れ回して」
王の目が二人をじろじろと眺め回します。エイトの服たるや埃と蜘蛛の巣塗れ。靴もふわふわした埃がいっぱい付いていて、まるで綿でも履いているかのように見えます。慌てて頭を覆っていた三角巾を取りましたが、その途端埃がぱっと舞い上がりました。それに較べてミーティア姫は服が少し汚れていたものの大したことはありません。
「お父様、ミーティアは」
「姫に聞いておるのではないぞ」
王は厳しい調子で姫の言葉を遮り、
「さあ、どうなのじゃ」
と詰問しました。
「王様、…あの、昨夜は申し訳ありませんでした。王様のクッキーを食べた犯人を捕まえたくて一晩中追いかけていたんです」
「うむ」
エイトは怖ず怖ずと話し始めました。厳しい様子は崩さないものの、王は先を促します。
「それで夜中に一人でこっそりネズミ退治しようと思っていたんですが」
「ミーティアが『どうしても』ってついていったの」
「それで、見つかったのか?」
ミーティア姫の言葉を敢えて無視して王は問い掛けます。隣でミーティア姫がしゅんとしているのが分かりましたが、エイトは話し続けました。
「はい、古い廊下に逃げ込んだのをずっと追いかけて、その出口の崖のところにいました」
「海側からの外敵を見張るために作られた廊下と見張り場じゃな。それで」
「とっても大きなネズミでした。食べ物に困って仕方なくつまみ食いしたみたいです。でも出て行ったから、もうつまみ食いはされません」
エイトはネズミと話したことについては言いませんでした。大人が信じてくれるとは思えませんでしたから。そして大ネズミから渡された指輪を差し出しました。「王の部屋で拾った」と言っていたのできっと王のものに違いないと思ったからです。
「うむ、そうか。…む?むむむっ?!」
王の目はその指輪に釘付けになりました。
「その指輪、どこで拾ったのじゃ?」
「はい、あの…その大ネズミさんからもらいました。おわび…のつもりだったのかも…」
エイトの言葉はだんだん尻窄みになって消えました。王があまりも食い入るようにその指輪を見詰めていて気詰まりになってしまったからです。
「なんと…そんなことになっておったとは…」
漸く発せられた王の言葉は揺らいでおりました。見るとその目には涙が浮かんでいます。
「亡き妃の指輪じゃ…結婚後最初の誕生日に贈って妃は気に入っていつも身に付けておったのじゃが、姫を産む際に外した後、そのまま行方不明になっておったんじゃ。まさかこんなところから出てくるとはのう…」
「お父様…」
指輪を手にして王は涙ぐんでおりましたが、ミーティア姫が涙を拭ってあげようと近付いてきたのに気付くと急にいつもの様子を取り戻しました。
「こらっ、悪戯者め!昨日は心配しておったのじゃぞ!メイドから姫がいつの間にかいなくなったと聞かされてからずっと心配で眠れんかったのじゃ!」
「ご、ごめんなさい、お父様…」
「罰としておヒゲじょりじょりの刑じゃ!」
と言うなりトロデ王はミーティア姫をしっかりと抱き締め、頬擦りします。
「痛っ、お、お父様、ごめんなさい!もうしません!」
無精髭がじょりじょりしていてちょっと痛かったようです。
「心配したのじゃぞ…じゃが無事でよかった」
漸く姫を解放して今度はエイトの方を向きました。
「ちょっとこっちへ来るんじゃ」
「は、はい」
おっかなびっくり近寄ってきたエイトに王は「ゴン!」と特大の拳骨を食らわせました。
「でっ!」
「全く心配させおってからに。何もなかったからよかったものの、その大ネズミとやらが凶暴な奴だったらどうするつもりだったのじゃ」
「も、申し訳ありませんでした…」
「罰として」
王はにやりとしました。
「今日の仕事を休むことを命じる。風呂を使って少し体をきれいにせい」
「えっ」
「よ、よかった」
「子供が夜中うろうろして昼も仕事では身体が持たんからの。姫も今日の授業や稽古はお休みじゃ。
さ、部屋に戻りなさい。ワシはエイトとちょっと話がある」
王の言葉に二人は急に不安そうな顔になりました。
「心配せんでもよい、男同士の話じゃからの。姫は先に部屋に行っておいで」
諭すように姫に言い聞かせます。
「はい、お父様…あの、ご心配おかけして本当にごめんなさい」
それでも不安そうにミーティア姫は頷き、
「じゃあね、エイト」
と部屋を出て行きました。
「さて、」
姫が出て行ってから王は改めてエイトに話し掛けました。
「昨夜はよく、姫を守ってくれたの。礼を言うぞ」
突然の言葉にエイトはびっくりしました。
「あっ、あの、僕、でも、何もしてません」
「いやいや、姫の服とおぬしの服を見比べればすぐに分かる。使われておらん廊下を通ってあの程度しか汚れておらんのなら同行する者が埃をしっかり払っておったのじゃろ。それに姫の足では長く歩くこともできんはずじゃ。途中で足が痛くなったりしたのではないかの?」
「…はい。あのう、おんぶしました」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
エイトの言葉に合点がいったように王は頷きました。
「あれには兄弟も、友達もおらんかった…いつも一人で人形遊びやピアノを弾くばかりじゃった。まして外で遊ぶことなど…」
王はちょっと悲しそうな顔をしました。
「これは親としての頼みじゃ。エイトよ、どうか姫と仲良くしてやってくれまいか。姫もおぬしを気に入っておるし、頼む」
エイトはさらに驚きました。王様直々に頼まれ事、それも「姫と仲良く」という内容だったのですから。けれども昨夜聞いたトロデ王の寝言やミーティア姫の言葉を聞いて「できる限りのことをしてあげたい」と思ったことを思い出しました。
「はい、喜ん…」
と言いかけ、エイトは言い直しました。
「はい、僕の力の及ぶ限り、ずっと仲良しでいます」
「うむ、頼んだぞ」
王は元気のいいエイトの言葉が気に入ったようです。
「ではエイト、姫の部屋に行くがよい。今朝は特別に朝食を用意いておいたからの」
これもまた予想外のことでしたが、驚くよりも先に嬉しくて、
「はい、ありがとうございます」
と溢れるような笑顔で返事したのでした。


エイトは着替えて─さすがにこれ以上埃を撒き散らすのはまずいと思ったので─ミーティア姫の部屋に行くと、ちょうど朝食が運ばれてきたところでした。
「お父様から聞いたの、今日は朝食を一緒できるのよ!」
ミーティア姫が─こちらも着替えています─興奮気味に話しかけてきます。
「うん。おいしそうだね」
本当においしい朝食でした。外はカリカリで中はフワフワのパン、ブロッコリーの冷たいポタージュにカッテージチーズ、卵焼きはふんわりと金色で、湯気を立てています。
けれども二人とも朝食を最後まで食べ切ることができませんでした。温かい牛乳を飲んでいるうちに瞼がだんだん重くなっていきます。それでもエイトは頑張って食べていたのですが、まずミーティア姫がパンを千切りながらうとうとし始めました。エイトも姫がメイドさんたちの手で寝台に運ばれていく様子を見送ったところまでは覚えていたのですが、その後の記憶がぷっつりと途絶えてしまったのでした。


エイトが次に気付いた時、見覚えのない天蓋が目に映りました。横を見るとミーティア姫がすやすやと眠っています。どうやらここはミーティア姫の部屋のようでした。
「むにゃむにゃ…エイト、…お友達よね…」
寝言でした。とっても幸せそうな寝顔です。
「うん、友達だよね、ミーティア…」
今日だけは一日お休みです。エイトはミーティア姫と手を繋いで再び眠りに就いたのでした。


                                         (おしまい)




2005.11.18〜2005.11.24 初出 2006.8.26 改定









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