子供の心配事





子供の心配事





私はトロデーン城のリネン係として働いている者でございます。
トロデーン城は王様のいらっしゃる三つの国のなかでも最も立派なお城だと、諸国を漫遊する吟遊詩人が言っておりました。他の国のことは存じませんがいろいろな意味も含めてこの城が一番であると、胸を張って言うことができると思います。
城の豪華さ、華麗さもさる事ながら、城の主人である王様は時々気紛れを仰るものの私どものような下々の者にまで行き届いた配慮を欠かさない方でいらっしゃいます。そのただ一人の御娘でいらっしゃる姫様も大層愛らしく、子供らしいわがままを仰ることもございましたが他愛もない可愛らしいもので─エイトに貰ったという花の飾りをそのまま寝台に持ち込もうとした、とか─、とても親切でございましたから、城の誰からも愛されておいででした。
そう、エイトです。この者は姫様にとって大切なお友達でございました。記憶のほとんどを失って行き倒れていたところを助けられたとかで、城に来た当初は痩せこけたとても愛想のない子供でした。記憶がなければ何にも答えられないのですから仕方ないと言えば仕方ないのですが。
与えられた仕事はきちんとこなせるものの、あまり働いたことのないようなすべすべした手をしていて、夫─その時はまだそうではありませんでしたが─などは不思議がっておりました。
「一体どこの子供なんだろう。聞いた話によればポルトリンク近くの海岸に嵐のあった朝に打ち上げられていた、ということなんだが、その夜に難破した船はなかったらしいんだ」
「でも子供が船から落ちることはなくはないんだし」
「それはそうなんだが。それにしてもあの子、なんでも器用にこなせるんだが、野良仕事や水を扱う仕事を本格的にしたことないぜ。肉刺もないし水仕事の手荒れもない。服さえちゃんとしていたらどっかの若様かと思ったかもしれん」
「それもそうねぇ」
そんなこんなでエイトが来た当初、城の者はその正体をあれやこれやと推測するのが休み時間の楽しみでした。当の本人が自分の話題だと分かっていても曖昧な表情を浮かべるばかりなのは気の毒ではありましたが。
そのうち私と一緒にリネン類の補充をするため城内を巡っている時に姫様と知り合い、子供同士の気安さからあっという間に友達になったのでした。

           ※           ※           ※

あれから二年が過ぎ、先日私は夫である料理長との間に女の子をようやく授かりました。
話に聞くところによると世間では子を身籠ると暇を出されることが多いそうなのですが、このトロデーンではそのようなことはなく、城内で出産してまた仕事に復帰することができます。
「人を新しく仕込むのは大変じゃ。休んでいる間の給料は出せんが医師もおるし、城内で産んだ方が安全じゃろう」
との王様のお考えのようです。私もありがたくそのようにさせていただき、無事出産することができたのでした。
幸い経過は順調ですぐにでも仕事に復帰したかったのですが、
「せっかくだし少しは休んだ方いいんじゃないのか」
と夫に言われ、「それならば」と親子水入らずの時間を楽しんでおりました。
そんなある日、姫様とエイトが私たちの部屋に遊びにきたのでございます。
「メイドさんから聞いたの、赤ちゃんが生まれたって。それで二人でお祝いに来たの」
「おめでとうございます」
「まあ、お気遣いいただいてもったいのうございます。よろしければ見てやってくださいまし」
姫様の温かいお言葉が嬉しく、たまたま部屋にいた夫とともにお迎えいたしました。
「まあ、かわいい。赤ちゃんの髪の毛ってふわふわなのね」
嬉しそうに姫様は仰って揺りかごをのぞき込んでおられます。一緒に来たエイトもつられるように子供の手を取って握手したりしていました。
と、急に姫様が振り返ってご質問になられたのです。
「あのね、赤ちゃんってどこから来るの?」
「えっ」
無邪気な姫様の問いに私たち夫婦は絶句してしまいました。
「ほっ、ほら、こここ、このお腹の中にいたんでございます」
慌てて夫が答えましたが姫様もその隣で話を聞いていたエイトも納得していない様子。
「だって少し前までいなかったでしょ?急にお腹の中にいたらおかしいわ。それにこの子、料理長さんにそっくりなのはどうして?」
ものすごく答えにくい質問に夫はすっかりしどろもどろで目を白黒させております。
「姫様」
夫の様子はおかしかったのですが、助け舟のつもりで昔神父様から聞いた話をお聞かせすることにしました。
「赤ちゃんは、天の神様が世の中の様子を全部御覧になって『ここならば大丈夫』という夫婦に授ける、とお決めになるのでございます。もちろんその夫婦に似た子を、でございますよ。そしてその子を神様のところからコウノトリが連れてきてくれるのでございます。
はら、私たちの子供を連れてきてくれたコウノトリが兵舎の屋根に巣を架けておりますよ」
ちょうど都合のいいことに最近兵舎の煙突にコウノトリが巣を作り始めていました。
「まあ、そうだったのね、よかった。もし急にミーティアのお腹に赤ちゃんがいたらどうしようと思ったの」
「大丈夫でございますよ」
そうです、これは子供の心配事。大人の考えるようなことではないのです。
「姫様が大人になられてご結婚なさったら、きっと神様が可愛らしい赤ちゃんを授けてくださいますよ」
そう申し上げますと、姫様はにっこりとなさいました。そしてエイトに、
「ね、エイト。コウノトリを見に行きたいわ」
と仰います。
「うん。じゃ、いこ」
とエイトが答えて私たちを振り返りました。
「どうもありがとうございました」
「赤ちゃんとってもかわいかったわ。また会いに来てもいいかしら?」
「ええ、もちろんでございますとも。いつでもお好きな時にお運びくださいまし」
そう申し上げると二人ともとても嬉しそうに頷いて、
「お邪魔しました」
と手を取り合って駆けていきました。
後で同僚から聞いた話によると、二人で城の庭から兵舎の煙突にいるコウノトリに向かって何か一生懸命話し掛けていたとか。
エイトの出自が知れないことを理由に一緒に遊ぶことについてあれこれ言う者も少しはおりました。ですが時が経つにつれその声は小さくなり、今では城の者全てが二人を微笑ましく見守っております。何より今までずっとお一人で過ごされてきた姫様のただ一人のご友人ですし、王様も口に出しては何も仰いませんがエイトを気に入っている様子。

このご友情がいつまでも続きますように。


                                    (終)




2005.6.19 初出 2007.1.3 改定









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