猫、舞踏会に行く





猫、舞踏会に行く





「絶対…絶対嫌だからね!そんな服…絶対着ないからね!」
恐るべきことに、目の前に用意された今日の夜会用の服は女物だ。それも薄い赤紫によりによってごってりとフリルとレースとリボンが付いている。
「あら、駄目よ。だって今日の夜会は主催の公爵夫人の意向で女の方は男装を、男の方は女装をするお約束になっているでしょう?」
にこにこしながらそんな恐ろしいことを言うミーティアは、近衛兵の大礼服を着てすらりと美しい青年将校にしか見えない。
「絶対駄目。それにそんなに帽子を回さないでよ。羽根が抜けちゃうって」
「あっ、ごめんなさい」
ミーティアが着ている服は僕が貸したものだ。正直なところ、僕より似合っているのがちょっと妬ましい。
「でもね、エイト」
近くの卓に帽子を置くと、ミーティアは僕の顔を覗き込んできた。
「エイトも知っているでしょう?あの公爵夫人のこと。とっても楽しい夜会をなさるけれどお約束を守らなかった方はとっても恥ずかしい目に遭わされるのですって」
ちょっぴり眉を寄せてこちらを説得にかかるミーティアはとてもかわいい。すみません、そんなところでかわいいを無駄遣いしないでください。
「いや、だってこのドレス着る時点で恥ずかしい目に遭っているんですが」
「みなさんお約束は守っていらっしゃるわ。エイト一人ではないのよ。それに仮面をつけるのだし」
「いやでも…」
そりゃまあでっぷりしたおっさんより少しはましに見えるだろうなとは思うけど、でもよりによってこんなドレス用意するかな。
「せめてもうちょっとあっさりめのドレスにするとか…」
と言った瞬間、ミーティアが急につんとした顔になった。
「だって、入らないんですもの。他のドレスだと、どれもエイトの胸がきつすぎるの。これしかないのよ」
「いやだからそもそも女物の服自体が入らないんだって」
何かちょっと微妙な話題になってしまったようだ。
「これは筋肉なんだってば」
ああ、このドレスをミーティアが着たらどんなにかきれいだろうに。何だって僕が。
「分かりました」
おっ、分かってくれたんだろうか。
「そんなに嫌ならこちらをどうぞ」
と部屋の隅の方から何か引っ張ってきた。
「…これ、何?」
毛皮の塊だろうか。
「これなら顔も見えないし、誰だかも分からないわ。エイトにぴったりよ」
そこまで言うか。
「さっ、早く着てね。そろそろ出発の時間ですもの」
「…うん、分かったよ…」
女物でないだけいいのかな…しかしこれは…
「…ねこぉ?!」
「そうよ、三毛猫のみーちゃんよ」
毛皮のつなぎのようなものを着て鏡を見た瞬間、ミーティアに何か被せられた。
「はい、これで完成」
うう、視界が狭い。何とか目の穴から正面が見えるくらいだ。
「話しかけられたらちゃんと『にゃー』って言うのよ」
「う、うん…」
「『にゃー』」
「に、にゃー…」
「はい、よろしい」
顔が見えん。が、言葉の調子から満面の笑みで言ったことは感じられた。
「では行きましょ」
「あっ、…にゃー」

         ※           ※           ※

夜会は大盛況だったようだ。ようだ、というのは何より視界がものすごく狭くて目の前のミーティアと、談笑する誰かの顔ぐらいしか見えなかったからだ。
何より辛かったのは美味しそうな料理が並んでいるのに全然食べられないことだった。昼過ぎからミーティアとドレスを着る着ないで揉めていたので、城で軽く何かつまんでおくことができなかったんだよね。
おまけに太ったご婦人、というか中身おじさんに撫でられて一々、
「にゃーん」
なんて鳴いてみせなきゃならないし。
ミーティアの方は大いに楽しんでいたようでそれは良かったんだけど。
そんな訳で空腹なのを知られないようにしようと頑張ってはいたんだけど、「にゃー」と言おうとしたら腹が鳴ってしまった。本当ならそんな夜会の最中に腹が鳴るなんてことはあってはいけないんだけど、そこは猫。大目に見てもらえた上に肉やら何やら色々盛り付けてもらって木立の影に連れて行かれた。
「大丈夫?エイト。ここなら誰も来ないでしょうからゆっくり食べてね」
だけど本当に猫ごはんだな、このごちゃごちゃな盛り付けっぷり。公爵家の召使だって中身が人間だって分かっているだろうに。まあ飲み物がお皿にミルクじゃないだけましか。
「…はあー、おいしかった。ごちそうさま」
色々言いたいことはあったけど、こっそり猫の頭を外して料理を食べ切った。
「にゃーでなくていいの?」
「ちゃんとごちそうさまって言わせてよ」
そう答えるとミーティアはにっこり微笑んで猫の頭を元通りにしつつ撫でた。
あ、これってもしやいい雰囲気というものだろうか?っていうか夜会でこういった人気のない場所ってその手のことのための場所なんじゃ?そういえば城で夜会がある時って、「あの場所は警備で巡回しなくていい。というか、絶対するな」って言われてた場所が何箇所かなかったっけ?
「ミーティア…」
ぽふ。
「まあ、エイトったらくすぐったいわ」
ああっ、何という無情。猫の頭に阻まれて口づけすらできないなんて!
「さ、戻りましょ。三毛猫みーちゃん。12時の鐘が鳴るまではお開きにならないのよ」
「に、にゃーっ!」
そんな!後二時間猫ごっこか!






                                     (終)




2011.10.31 初出 









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