泉の小景





ここのところオレたちはあちこち走り廻っては泉へ行く、ということを繰り返している。
「錬金で強い武器や防具が欲しいし、宿代勿体無いから」
なんて言ってるけど、本当は違うだろ。隠さなくてもいいんだぜ?
今日も一日走って泉へとやってきた。疲れを癒すその横で、エイトが姫様に泉の水を飲ませている。そら、お前の大切な姫様が元の姿に戻ったぞ。
「ありがとう、エイト。そしてみんな。こうやってお話できて嬉しいわ」
ま、美女に感謝されるのは悪くはねえけどな。
「あのね…エイトに謝らなければならないことがあるの」
おっ、何だ何だ。いきなり深刻な話だな。
「何でしょうか」
相変わらず堅苦しい奴だ。まあ、トロデ王もいるし仕方ないか。
「ずっと前に『青い薔薇が欲しい』って言ったことがあったでしょう」
「はい。そんなこともございましたね」
「あの時のこと、本当にごめんなさい。わがまま言ってしまって」
そうだよなあ、それは確かにわがままだろうなあ。青い薔薇なんて不可能なことの象徴みたいなものだし。
「いえ、いいんです」
エイトも忠義だね。まあ、そういうオレだって気に入っている女の子の言うことだったら何でも聞いてしまうけどな。
「でも持ってきてくれたのよね、青い薔薇」
何だと?!
「ありがとう、エイト。あの時は本当に嬉しかったのよ。ちょっと咳が出るから、ってお部屋に閉じ籠っていなければならない時だったから、余計に。そして後で本当のことを知ってもっと嬉しくなったの」
「えっ、ほ、本当のことって」
「うふふ、後でね、庭師のじいやに聞いたのよ。エイトがね、白薔薇をたくさん集めていたって。ほら、お城の庭には色んな色の薔薇があったでしょ。深紅の薔薇に雪のように白い薔薇、お日さまの光を溶かしたような金色の薔薇に薄紅のかわいらしい薔薇、一つの枝に赤と白の花を付ける薔薇もあったわ。でも青い色だけはなかったのよね。だからどこから摘んできてくれたのか気になって」
「…申し訳ございません」
「あら、謝ることではないのよ。あの青い色は、白い薔薇を青いインクの中に挿しておいたからだったのよね」
「…はい」
「ありがとう、エイト。それを知ってからずっと感謝していたの。でもなかなかお礼を言う機会がなくて」
「そんな、いいんです。だってあれは白い薔薇に青い色を吸わせて作っただけのものですよ。本物じゃないですし」
「ううん、いいの。だってあれはエイトが作ってくれたたった一つだけの特別なものなんですもの。
花が終わるまでずっと大事にお部屋に飾っていたけれど、最後まで綺麗な空色をしていたわ」
だんだん姫様の身体が光に包まれてきた。そろそろ時間切れか。それにしても何だよ、結局惚気かよ。ここに来る度そういう話ばっかり聞かされているような気がするぞ。
「お花の全部を取っておくことはできなかったのだけれど、花びらを一枚だけ、本の間に挟んで押し花にしたの。ずっと青い色をしていて、とても綺麗だったわ。
今もミーティアのお部屋の本棚に、ある筈よ…」
馬の姿へと変わっていく姫様を、エイトは無言で見詰めていた。オレたちには背中を向けていたから表情は分からなかったが、さっきのことを茶化すのは憚られるような雰囲気が漂っていた。
「さて、行こうか」
振り返ったあいつはもう、元気ないつもの顔だった。
「あ、そうそう、新しくできたこれ、ククールが持っていてよ」
ん?何だこれ。タンバリンか?
「強敵が増えてきたし、これからはそれを使って一気に片を付けるようにしていこう」
「そうね、それがいいわ」
「戦いが長引けばあっしらが不利になるでげすしなあ」
「ちょ、ちょっと待てよ。オレは?オレはどうなんの?こっ、この新調のオーディンボウは?」
「それは止めに使えばいいさ。ククールが一番適任だよ。でないと大したことのない相手でもジゴスパークとかグランドクロスとか使いたがるし」
くそう、エイトの奴!ちょっとぐらい大技使ってもいいじゃねえか。それを何だ、ひでーじゃねえかよ。
「行こう。今度こそ黒犬を倒してラプソーンの野望を挫くんだ。そして杖を取り戻す」
「ええ」
「合点でがす」
「…」
「あれ、ククールは?」
「お、おう」
さっきの話でやる気になったのかよ。それはいいけど何でオレが。
ちきしょーっ!やっぱり野郎に情けは無用だったぜ!


                                    (終)




2005.11.29 初出 207.1.25 改定









トップへ  目次へ