二人の南の島




「海、行かねー?」
久々にトロデーンにやって来たククールの第一声はこれだった。
「ほら、地図に載ってない島に小さなビーチがあっただろ。姫様も連れてみんなで行こうぜ」
「まあ、素敵ですわ」
ミーティアも乗り気のようだ。でも…
「うーん、ごめん。僕たち結構忙しいし」
そう言いながらミーティアにこっそり目配せする。
「何だよ、つれないなあ。あ、もしかして水着ないのか?実はそれも用意済みだぜ」
そう言いながら荷物の中からごそごそと水着を取出した。
「じゃーん、かわいいだろー。たっぷりしたこの二段フリルがささやかな胸元でもしっかりカ」
「ギガデイン!」
「ぎゃーっ!」
「だ、大丈夫かしら…?」
「大丈夫だって、これくらい。大体人の妻をそういう風に言う奴のことなんて知ったこっちゃない」
「ひ、ひでー…」
「さっ、帰った帰った。他の三人で楽しんで来てよ」
「ちっ、この際だから姫様の水着姿見たかったのに…」
「ギガデ…」
「わーっ、帰る、帰るって!ったくお前姫様のことになると目の色変わり過ぎ…」
「何か言った?」
「いーえ何でもありません。
それじゃあな。たまには姫様をどこかに連れてってやれよ。あーいてて…」
「どうして一緒に行かないの?」
ククールが帰った後でミーティアが聞いてきた。
「ずっと『夏になったら一緒に海へ行こうね』って言っていたわよね?」
「うん、言ったよ。でも海行くんだったら二人だけで行きたいから」
「あら、どうして?きっと楽しいと思うわ」
「だってミーティアの水着姿、他の人に見せたくないし」
「エイト!」
「ミーティアのお肌を見ていいのは僕だけだよ」
「エイトったら!」
ミーティアが僕を打つふりをする。避けるふりしながら手を捕え、抱き寄せた。
「だからさ、二人だけで行こうよ、あの島へ」
              ※          ※          ※

青い空、青い海、真っ白な砂浜。輝く太陽に椰子の木陰が濃い。
「早くおいでよ」
「ちょっと待って。もうすぐ着替え終わるから」
「いいよ、誰もいないんだし」
「よくないわ、だってエイトに変なところ見せたくないもの」
そう言いながら着替えたミーティアが現れる。
「でも水着ってどうしてこんなに小さいのかしら」
水着の裾を引っ張って伸ばそうとしている様はとても可愛い。…ってそう言ったら逃げちゃうかな。
「泳ぐ時邪魔になるからじゃない?」
なるべくさりげなく言って「はい」と革の浮袋を渡した。前に来た時にずいぶん泳げるようにはなったけど、泳いでばかりだと疲れてしまうしね。
「ありがとう、エイト」
ミーティアはそれを受け取って、
「行きましょ」
と僕と手を繋いで歩き出した。

               ※          ※          ※

一緒に泳いで海の中を覗き込んだり、打ち寄せる波に向かって浮袋を放り投げては返ってくるのを楽しんだり(一度遠くに投げ過ぎて泳いで取りに行かなくちゃいけなかった)、砂浜を歩く蟹を見付けて追い掛けてみたり、子供の頃に戻ったかのように遊び回ってすっかり疲れてしまった。
二人並んで砂浜に迫り出した椰子の木陰に腰を下ろす。
「少しお昼寝する?」
「ええ」
そんな会話して腕枕しながら横たわったけど、隣のミーティアはなかなか目をつぶらない。
「どうしたの?」
「うふふ」
何だか覚えのあるようなないような展開だぞ。悪戯な微笑みを浮かべたかと思うとミーティアが身体を起こした。そしていきなり僕の身体に砂を掛け始める。
「えっ、なっ、何するの?」
「エイトを砂に埋めちゃうのよ」
そう言ってせっせと砂を掛けてくる。あっという間に足元は埋められてしまった。でも熱い砂が何だか気持ちいい。
「あれ、これって結構気持ちいいかも」
「まあ、そうなの?じゃ肩まで埋めてあげるわ」
一生懸命砂を集めているミーティアはとても可愛かった。集めた砂を僕の上に掛ける時もあまりに真剣になってて、僕がじっと見ていることにも気付かない。身体を動かす度に胸が揺れる。そりゃゼシカとは較べるべくもないけどその水着の下にどんなに美しいものが隠されているか、僕は知っている。
とか思っているうちに僕の身体はすっかり砂に埋められてしまった。掌でぺたぺたと砂を押し付け、
「できたわ!」
と言うミーティアの顔には妙な達成感があった。
「どんな感じなの?苦しくない?」
僕の顔にかがみ込む。ああ、その体勢だと白い喉元が…
「うん、何だか身体中ほかほかして気持ちいいよ」
「そう?よかったわ」
と、その眼が波打ち際に向かう。
「どうしたの?」
す、と立ち上がり軽やかな足取りで波打ち際へと駆けて行く。いつもは見えない太腿も、今だけは太陽の下に。すらりとしていて、すごく綺麗な脚。他の誰にも見せたくない。
「うふふ」
戻ってきたミーティアの手には何か摘まれている。あっ、蟹だ!
「はい、カニさんですよ」
わわ、僕の上に放すなよ。さっき掴み方教えるんじゃなかった!
「わーっ、こっち来るなー!」
ちょこまかと顔の方に近付いて来る。埋まっている手を動かして追い払おうとしたけど、
「駄目よ、手を動かしたら負け」
にこにこ顔でそんなことを言う。負けとかそういう問題じゃないって。見てないで助けてよ。ほらもう喉の辺りまで来たってば!
「来るなっ、あっちに行けっ」
必死で息を吹き掛けて追い払おうとしたけど、蟹はそんなのお構い無しだ。わ、わ、もう駄目だ、顔の上に来る!
「はい、おしまい」
と、急に手が伸びてきて僕の上から蟹が除けられた。
「カニさん、ごめんなさい。お散歩の邪魔をしてしまって」
ミーティアが蟹を海の方へと放してやっている。
「ああびっくりした」
「うふふ、今のエイトの顔ったら」
一人でくすくす笑っている。こら、感じ悪いぞ。
「ひどいよ、人を笑いものにして」
わざと拗ねて見せる。
「あ、ごめんなさい。でもエイトが怖がっているのってかわいいんですもの」
「ひどいなあ」
時々言うんだよなあ、「かわいい」って。それもあんまりそう言って欲しくない場面で言われるんだ。あの…そういう時とか。
「ちゃんとミーティアは分かっていてよ、エイトは世界で一番強い人だって。だからこそかわいいところを見付けてみたくなってしまうの」
僕の顔を覗き込むようにしてミーティアが微笑む。そんなものなのかなあ。何だか釈然としないけど、悪く言われているんじゃないならまあいいかな。
「エイトがどんなに素敵な人か、ミーティアが誰よりも知っているわ…」
ミーティアの髪がはらはらと僕の顔に零れかかる。優しい碧の瞳が近付いてきて、そして――

              ※          ※          ※

「いい感じでがすねえ」
地図にない島、実はさっきからエイトたち二人きりではなかった。
「ちぇっ、かわいくねえの。オレの誘いを断っといて二人きりで南の島かよ」
「そりゃそうでしょ。二人きりの方がいいに決まっているじゃない」
「くそー、姫様の水着姿間近で見たかっ」
「メラミ!」
「ぎゃっ!」
「ま、そのうち機会もあるでがすよ。今日のところは二人きりにさせてやりやしょう」
「そうよね、大体今更どの面下げて出て行けるって言うのかしら。
さっ、帰るわよ。そこで拗ねているんじゃないの、ルーラ係」
「だけど納得いかねー。あー、またチューしてやがる。つーか誰もいないんだしもっとこう…」
「メラゾー」
「マホトーン!」
「…」
「ふっ、何度も同じ手は食わないぜ。何ならオレとチューしてみ」
ビシッバシッ!
「ふぎゃーっ!」
「さっ、帰りましょう」
「双竜打ちでげすか。ゼシカの姉ちゃん最強でがす…」


                                                      (終)




2005.7.23 初出 2007.2.10 改定









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