アスカンタにて





アスカンタにて




チッ…もう刃こぼれしやがった。ちょっと魔物を斬ったぐらいなのに騎士団支給の剣って実はなまくらだったんだな。
全く旅ってのは難儀なものだぜ。埃まみれじゃ色男もだいなしだし、連れが美女だけならともかくオレより明らかに年下の男を「兄貴」と慕う怪しいオッサンにエラソーな口をきく緑の化け物だ。
おっと、エイトを忘れてた。こいつもよく分からない奴だ。見た目細いしどうも頼りになるのかならないのかはっきりしない。よく道に迷うし。その上緑のオッサンの家来で、さらに馬車を引く馬はオッサンの娘でお姫様なんだと。全くお伽話も真っ青な展開だぜ。
まあこの中では一番ゼシカに歳が近いしこれはライバルか?と思っていたんだがどうも違うようだ。奥手なのか何なのかあれ程の女を前にしてちょっかいすら出さないってどういうことだ。ま、無駄な競争をしなくて済むならそれはそれでいいけどな、エイトにとって。
話が逸れてしまった。誰かに砥石を借りないとな、オレは持ってないし。借りるなら是非ともゼシカに、と言いたいところなんだが生憎彼女はムチ使いだ。これを口実に話し掛けたかったんだがなあ。仕方ない、エイトでいいか。
が、今エイトは宿にいない。いつもそうだ、宿を取るとどこかへ消えてしまう。
最初は女でも引っ掛けてんのかと思っていたんだがその気配はない。もしそうなら酒と白粉と香水の混じったお馴染みの匂いがするはずなんだが、全くしないからな。
「なあヤンガス、エイトどこにいるか知らないか?」
と隣で今日も元気に眠りに入ろうとするヤンガスに尋ねる。すると意外な答えが返ってきた。
「兄貴なら街の外だぜ。多分オッサンの相手してやっているんじゃねえか」
「えっ、でももう夜だぜ?」
「オッサンはあの姿だから街に入れねえだろ。だから酒持ってって相手してやってんだよ」
…これで謎が一つ解けた。なるほどな、家臣の責務遂行中ってやつか。だけどよく夜に街の外に出られるよ。それも知らない土地の。オレには…ゲフンゲフン…行くしかないか。
「ありがとよ、ヤンガス」
礼を言って宿を後にした。


城門を出てすぐのところで野営組が火を囲んでいた。
といっても緑のオッサンは火の側でうたた寝していて、エイトだけが馬のたてがみの手入れをしていた。馬は気持ちよさ気に目を閉じ、エイトが何事か話し掛けながら結んでいくその手に身を委ねている。その光景は何だか恋人の語らいに似ていて(馬と人間なのに)、オレは邪魔者な気がして立ち止まった。
が、馬に気付かれた。頭を上げこちらを見つめる様子に、魔物かとエイトは背中のブーメランに手を掛けながらこちらを窺う。
「よお、エイト」
声をかけると構えを解く。こっちも攻撃されてはかなわない。
「やあ、ククール。珍しいね、こんな時間に」
不審そうだったが親しげな様子で答える。
「…刃こぼれしちまったんだ。荒砥持ってないか」
馬の手入れをしていただけなのになぜ恋人の語らいに見えたのか疑問に思いつつも、本来の用件を切り出す。
「うん、持っているけど…荒砥だけでいいの?」
「うっ…あ、ああ」
実を言うと刃物の研ぎ方はよく分かってなかった。修道院には専門の研ぎ師がいたから、知識として「刃こぼれしたら荒砥」と知ってはいたが実際に研いだことはない。
「はい」
さらに追い討ちをかけるように渡された砥石は修道院で見てきた物と全く違っていた。あそこにあったのは確か回転して刃を当てれば勝手に研磨してくれるやつだった。今目の前にあるのはただの平べったい石だ。
これは困ったぞ…えい、刃を当てて引けばいいだけだ、やってしまえ。
「…ククール、もしかして刃物研いだことないの?」
いや、知ってはいるんだ。…できないと言いたくないのはささやかなプライドってやつかな。
「貸して。自分のも研ぐつもりだったし」
その言葉に甘え自分のレイピアを渡した。受け取ったエイトはしげしげと刃を見つめ、
「刃こぼれもだけどずいぶん刃が丸くなっているね」
えっ、そうなのか?
「こんな状態でよくやってきたね。こんなんじゃチーズも切れないよ」
それはないだろうが、大袈裟な。でもマイエラを発ってから確かに切れ味が落ちてきたなとは思っていたんだ。
エイトは砥石を二種類水に沈め泡が出なくなるのを待っている。その様子を見ているうち旅に同行するようになってからずっと抱いていた疑問が口をついた。
「なあ、それ、本当にお姫様なのか?」
ちら、とこちらを一瞥したが、オレの問いには答えず水から取出した荒砥に刃を当て研ぎ出した。馬はこちらに耳を向けて話を聞いている風だったが、その話題になった途端耳を伏せうなだれる。
「いい馬だとは思うが、どう見ても馬じゃん。本当に人だったのか?」
と、馬の方に顎をしゃくって問い掛ける。確かに賢そうでいい馬だとは思う。でもどうしても中身がお姫様だとは思えない。
「…ごめん、姫様をモノ扱いしないでくれないか」
力を込めて研いでいるせいか声が揺れている。
「いやでも馬じゃんか。…実は二人とも本当に化け物と馬で、オレたちはかつがれてい」
バシッ!
オレの座っていたすぐ側の地面にブーメランが突き刺さって震えていた。手加減されてはいたが(本気だったら当たっただろう)、ブーメランは深く地面に食い込み、怒りの大きさを物語っていた。
「…信じろ、とは言わない。だけどお二方をモノ扱いしないでくれ。せめて僕の前では」
怒りのあまり握り締める拳が震えていた。
「頼む、どうか」
エイトがそこまで言いかけた時、馬が静かに近付いてきてその肩に頭を載せた。まるで「喧嘩は止めて」とでも言うかのように。そしてオレの方に目を向けた。悲しげな緑の目を。
「悪かった」
その言葉を発した時了解した、確かにこの二人は人だったのだと。それもエイトにとって大切な。思えばあの道化師の持つ杖はトロデーンの宝ではなかったか。
「エイト、すまなかった。もう疑ったりしない」
「…僕も言い過ぎたよ、ごめん」
そう言いながらブーメランを拾い上げ、背負い直した。そして馬の方を振り返り、
「申し訳ございません、心配おかけして」
と詫び、再び砥石の前に座る。だけどその口調は姫君に対するというよりはどこか親しげで、さっきの光景と併せて腑に落ちないものを感じた。
「なあ、お前ずいぶんう…姫様と親しいように見えるんだが、姫様ってどんな方なんだ?美人なのか?」
最後の問いはまあなんだ、単なる男の好奇心みたいなものだったんだが、エイトの反応は明らかに変だった。
「そっ、それはその…音楽がお好きでとてもお優しくてお、おおおお美しい方だけど…」
アクセントもおかしい。何をそんなに狼狽(ろうばい)しているんだ?荒砥から中砥に変えて刃を研ぐ手つきも滞りがちだし。
…はっはーん、これはもしやアレか?
「で?エイトは?」
「ぼっ、僕が何?」
「お前は姫様をどう思っているのかってこと」
オレの目は姫様に道ならぬ恋心を抱いていると見た。それも相思相愛で。後は追求して確証を得るだけだ。全く隅に置けないなあ。奥手そうなふりしといてやられたぜ。
ほら、言ってしまえ、姫様も期待の眼差しを向けているぞ。
「…ククール、研ぎ終わったよ」
明らかに動揺していた。レイピアを渡す手が震えていたからな。まあ、あまり追求するのも気の毒か。でも今一瞬姫様と見交わしていたのは見逃さなかったぞ。
「…むにゃむにゃ…はっ、ワシ寝とったんじゃな。ククールがいつ来たんか分からんかったぞ。
エイト、もう夜も遅い。ここは大丈夫じゃから宿に戻りなさい」
ちっ、緑のオッサンが目を覚ましちまった。ま、旅が終わるまでに聞き出してやろう。
「はい、ではおやすみなさいませ、王様、姫様」
エイトは二人に挨拶すると、
「じゃ、戻ろうか」
とやけに爽やかに言って立ち上がった。ふっ、いくら爽やかなふりしたってお見通しだ、さっきの話で動揺していたのは。
オレも立ち上がり振り返って姫様にニヤリと笑いかけた。「やるじゃん、姫様」の意味を込めて。馬の表情はよく分からないが、にこっとしたように見えたぞ。
エイトはまだ動揺しているようだ。歩き方がぎこちない。よっぽど好きなんだろうなあ、あんな程度で狼狽するなんて。若いせいなのか育ちなのか初々しい反応なのがちょっとうらやましい。オレはもうすっかりスレちまったからなあ。
…いやいやオヤジ臭い感想を抱いてどうする。ま、旅は長くなりそうだしじっくりお近づきになるか、まずはゼシカから、な。


                                               (終)




2005.5.4 初出 2007.1.13 改定









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