栄冠は誰の手に



久々に竜神族の里に来てみると、何だかとても活気付いていた。
「何かあるの?」
そう、それはまるで祭りの前を思わせる、そんな楽しげな喧騒。
「おお、いい時に来たの」
出迎えてくれた祖父が眼を細める。
「もうすぐ夏至の祭りなんじゃよ」
「へえ、そうなんだ」
いい匂いのするお茶と、チーズにざらめと肉桂を振りかけて焼いたお菓子を勧めつつ、にこにこと話してくれた。
「ワシはともかく、里の者にとっても久々の祭りなんじゃよ。ほれ、竜神王様があんな具合だったじゃろう」
「ああ、そっか」
人の姿を封じてしまおうとして失敗し、図らずも里の者から力を吸い取り続けてしまった竜神王様。僕たちが偶然里に来なければ一族はそのまま滅亡してしまったかもしれない。
「じゃが竜神王様も正気に戻られ、皆も元気回復じゃ。そこで早速、途絶えていた祭りを復活させたのじゃよ」
「そっか。…よかったね」
ここに来る度に、何か思うんじゃないのかとちょっと構えてしまうんだけど、結局深く感じ入ることはない。ただ何となく懐かしい感じがするだけで。それは確かにここが僕の一部だったのかもしれないということなのかもしれないけど、ただそれだけのことであって、故郷と言える場所があるとするならやっぱりトロデーンなんだろうな、といつも思って帰るのだった。
「明日が本祭りじゃ。若者同士の力比べのような催しもあるんじゃよ」
祖父は何か思いついたかのようにぽんと手を打った。
「そうじゃ、お前も参加してみんか?中々楽しいぞ」
「どんなことをするの?」
力比べ、という単語にちょっと惹かれたので聞いてみることにした。まあ、明日までいるつもりだったし。今帰ったってミーティアは大叔母様が院長をなさっているという女子修道院の視察でいないしさ。だから僕一人でここにいるんだけど。
「分かるかの…村の隅に小滝があるじゃろ。あの上に竜神王様がご自分の杖を立てて、我こそは、という若者が滝を登って奪い合うんじゃよ。その年一番の栄誉ということで、そりゃー見物じゃて」
「へえ」
何だかとても面白そうだ。
「やってみるか?お前なら誰も文句なぞ出んわ。ワシの若い頃なんぞ、三年連続で杖を獲ったもんじゃ。もっとも、四年目にあの偏屈にかっさらわれたがの」
懐かしそうな顔をしてくくっと笑う。「あの偏屈」が誰だかちょっと気になったけど、多分祖父の友達なんだろう。そういう風に言える友人がいる祖父がちょっとだけ羨ましかった。
「どうじゃ?出てみる気になったかの」
「そうだね、出てみようかな。面白そうだし」
そう答えると、すごく嬉しそうな顔になった。
「そうかそうか、それはよかった」
が、ふと笑いを収めて僕を見た。
「そうじゃ、もし出るのならそれ用の衣装がいるの」
「えっ、服?それ用の衣装でなきゃ駄目なんだ」
「当たり前じゃろ。水の中を行くんじゃし、妨害もありじゃからぼろぼろになってしまうぞい。そうじゃな…ええと…」
祖父は首を捻りながら部屋を出て行ったけど、すぐに何か布を抱えて戻ってきた。
「これじゃよ、これ」
「これって…」
どう見てもただの布切れだ。これをどうしろと。
「これぞ祭りの正装、『ふんどし』じゃ!」
「ふ、ふんどし…」
何だかすごい気迫に押されてしまい、そう呟くのがやっとだ。
「左様、普通の服を着ていては得物を隠し持つような不届き者がおるかもしれん。よって祭りの参加者は裸一貫、ふんどし一丁で登るんじゃ!」
「そんな!」
聞いてないよ、そんなこと!
「祭りの正装なんてそんなもんじゃ。それにきりりと締めればまことに気持ちのよいもんじゃよ」
「や、やっぱりいいです…」
逃げよう。唐突にその考えが浮かんだ。これはまずい。どう考えても色々まずいだろ、これ。
「ここに来て何をごちゃごちゃ言っておる。まずは付け方の練習じゃな。ゆるふんでは色々恥ずかしい思いをするからの」
「すみません、やっぱり帰りま…」
「おおエイト、何て薄情な。かわいい孫の晴れ姿が見たいという老い先短いワシの願いも聞いてはくれんのか」
よよと泣き崩れて見せたけど、騙されるもんか。とても老人とは思えない力でがっちり腕を掴まれて逃げられない。どうしよう。
「それにな、これはワシが若い頃三連覇を達成した時の験のいいふんどしじゃぞ。これを締めれば勝利間違いなしじゃ!」
「うわあああああトロデーンに帰るううううううう!」


                                          (終)



2008.6.23 初出 2008.10.3 改定




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